不安感を人為的に抑制することに成功
これを踏まえてチームは、人為的な方法で不安感を逆に抑制できないかチャレンジすることに。
ガラス玉の不安環境にあるマウスの脳を調べてみると、手綱核への脳血流量が増大し、アストロサイト内のpH(水素イオン指数)が酸性化していることが分かりました。
pHは0~14の数値で表され、pH7を中性とし、7より小さい場合が酸性、大きい場合がアルカリ性となります。
つまり、不安感が生じているマウスのアストロサイトは「酸性化」した状態にあるということです。
だとすれば、アストロサイトを人為的にアルカリ化することで、不安感にともなう酸性化を打ち消し、抗不安作用が生まれるのではないでしょうか?
そこでチームは光遺伝学という技法を用い、光の照射で細胞の遺伝子発現を制御できる遺伝子改変マウスを作り、光刺激でアストロサイトの細胞内をアルカリ化させてみました。
最初にマウスをガラス玉ケージに入れて、不安感を示すシータ波の増強を確認したところで、光刺激を与えてアルカリ化させます。
その結果、手綱核のシータ波が減弱するとともに、マウスはガラス玉で満たされた明るい部屋にも平気で居座るようになったのです。
以上の結果から、不安を誘発する環境にあっても人為的な操作を加えれば、不安感を抑制できることが実証されました。
本研究の成果は不安障害の新たな治療戦略を確立する上で、重要なマイルストーンとなることが期待されます。
作家の芥川龍之介は死後見つかった手記の中で自殺理由について、次のような文章を残しています。
誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであらう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示してゐるだけである。それは我々の行為するやうに複雑な動機を含んでゐる。が、少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。
或旧友へ送る手記 芥川龍之介
今回の研究は、漠然とした不安を抱きやすい現代社会において、不安とうまく付き合っていく画期的な方法を見つけるきっかけになるかもしれません。
一部の解説について、表現を修正しました。