共生をはじめると7種類のグリカンが変化する
イソギンチャクと共生することで、クマノミの粘液にどんな変化が起こるか?
答えを得るため研究者たちは、クマノミ(Amphiprion percula:クラウン・アネモネフィッシュ)とイソギンチャク (Entacmaeaquadricolor:バブルチップアネモネ)を準備。
そして両種を飼育しながらクマノミの体表面にある粘液を採取して分析してみました。
するとクマノミの粘液には37種類の独特なグリカン(糖鎖)が存在していることが判明します。
糖鎖とは、各種の炭水化物が鎖のように繋がった化合物でありパンや酵母で有名な「βグルカン」などもグリカンの一種です。
(※名前に「糖」が突くことから砂糖を連想する人もいるかもしれませんが、グリカンの多くは甘味とは無関係な炭水化物の複合体です)
多くの生物はグリカンの複雑な形状を一種の鍵のように利用していて、特定の形状をしたグルカンを認識するとさまざまな生物学的反応が起こります。
そして共生関係にある生物の多くは、このグリカンの鍵を利用して、お互いを認識していると考えられています。
そのためクマノミが時間経過でイソギンチャクと共生関係に入るメカニズムにも、このグリカンが関連していると考えられます。
そこで研究者たちは、共生前と共生後の粘液成分の比較を行ってみました。
すると共生から3週間が経過したクマノミの粘液では、グリカン組成が著しい変化しており、特に7種のグリカンでは有意な差がみられました。
(※共生によって3種は増加し4種が減少していました)
また興味深いことに、共生中のクマノミをイソギンチャクから引き離すと、24時間以内にグリカンの組成が共生前のものに戻ってしまうことも発見されました。
次に研究者たちは粘液成分の変化がイソギンチャクからの攻撃に関連するかを確かめるため、共生前と共生後のクマノミの粘液を採取してスライドガラスに塗り付け、イソギンチャクに近づけてみました。
また比較のためにスズメダイやエビの粘液にかんしても同様の実験を行いました。
すると共生から3週間経過したクマノミの粘液だけ、イソギンチャクからの攻撃を有意に低下させることが判明します。
(※逆にスズメダイやエビの粘液はどれだけイソギンチャクと一緒にいても、攻撃されてしまいました)
これらの結果から研究者たちは「クマノミは粘液中のグリカン組成を変化させることで、イソギンチャクから攻撃されない体を作り上げている」と結論しました。
ただ先にも述べたように、イソギンチャクと共生関係にない新参のクマノミがイソギンチャクに接近すると刺されてしまうことが示されており、共生関係を成り立たせるには24~48時間が必要であることが知られています。
研究者たちは、この初期段階では外部粘液ではなく、むしろクマノミの体内から分泌される内部粘液が重要な役割を果たしている可能性が高いと述べています。
以上の結果は、クマノミとイソギンチャクの関係は多段階で構築されており、初期フェーズの慣れ段階(仮契約)の他に、3週間後に結ばれる本契約的なものがある可能性を示しています。
人間社会でも、企業と労働者の契約には3カ月程度の試用期間を設ける場合がありますが、生物の共生関係にも似たような段階が存在しているのかもしれません。
現在のところ、3週間未満で共生関係を解除したクマノミは見つかっていないため、なぜ共生関係が多段階で進行するかは謎ですが、もしかしたら安定した長期居住には両者にとってメリットがあり、契約の長期化を促す仕組みが存在するのかもしれません。
研究者たちは今後、内部粘液を含めたクマノミの体全体を調べることで、共生関係の初期変化を調べていくとのこと。
もしイソギンチャクからの攻撃を防ぐための遺伝子や、共生する動機を生み出す遺伝子を特定し他の魚に組み込むことができれば、イソギンチャクと共生する金魚やメダカを作れるようになるかもしれません。