身体機能に必要な脳領域を傷つけていないかチェックする
一般的な感覚からすると、脳外科手術をする場合、患者は全身麻酔で深い眠りにつくのが当たり前と考えるでしょう。
ところが意外なことに、運動や言語能力に関わる重要な脳領域の手術をする場合、脳外科医は全身麻酔ではなく、患者の意識を保たせておくことを望むのです。
これは手術によって、運動や言語能力に関わる脳領域を傷つけていないかをリアルタイムで確認するためです。
もしそうした脳領域を誤って刺激したとすると、患者の運動や発話能力に異変が生じます。
しかし患者の反応を確認しながら、重要な脳領域を避けることができれば、術後も正常な運動や言語能力を維持することが可能なのです。
対照的に、全身麻酔をした状態だと患者の反応がないため、重要な脳領域を知らぬ間に傷つけてしまう恐れがあります。
患者の目が覚めた後に身体機能の異常に気付いても、もはや後の祭りです。
こうした不幸な結果を生まないためにも、医師はぜひとも患者に起きておいてもらいたいのです。
また脳自体は痛覚がないので、術中に脳をいじられても患者にはどこをどう触られているのかは分かりません。
マイアミ大学のリカルド・コモタール(Ricardo Komotar)医師によると、同大学だけでも年間に数百件の脳外科手術が行われており、患者によっては術中に本を読んだり、歌ったり、バイオリンを弾いたりしてもらっているといいます。
手術中のギター演奏
ノーレン氏の手術は2023年の12月に行われ、術中にはプロのミュージシャンとしてギターを弾いてもらいました。
もしギター演奏に関わる脳領域を刺激したとすれば、彼の演奏にも異変が生じると考えられます。
ノーレン氏の方も覚醒状態での手術を受けることに迷いはなかったという。
それは今後、音楽活動ができるかどうかの命運がかかっていたからです。
ノーレン氏は「手術そのものに対する不安や恐怖よりも、全身麻酔で手術を受けることの方がリスクが大きかった」と話しています。
そうしてギター演奏をしながらの切除手術が敢行されました。
その貴重な映像がこちらです。
具体的なプロセスとしてはまず、開頭手術の段階までは麻酔でノーラン氏を眠らせ、悪性腫瘍を切除する準備が整ったタイミングで起きてもらいます。
手術中、ノーレン氏はギターで何曲かのロックを演奏し、その選曲にはデフトーンズやシステム・オブ・ア・ダウンのような人気バンドの曲も含まれていたという。
結果、医師チームはノーレン氏の演奏を乱すことなく、悪性腫瘍を除去することに見事成功しました。
コモタール氏は「ノーレン氏は手術の翌日には家に帰宅し、病状の回復も目覚ましい」と話しています。
安全を期すため、ノーレン氏は術後の数週間はあまり体を動かさないように指示されましたが、以前のような左半身の麻痺もなくなり、現在では正常な生活に戻って、毎日ジムに通いつつギターの演奏もしているとのことです。