現代社会に求められるリーダーシップ像とは?
これまでの研究で、プレゼンティーズムは従業員の健康状態や業績を悪化させるだけでなく、会社にとっても余分なコストと利益の損失を生む可能性が示されてきました。
プレゼンティーズムとは「疾病出勤」とも表現され、出勤していても心身の不調を理由に仕事のパフォーマンスが出せない状態を指します。
例えば花粉症で作業に集中できないという状態もプレゼンティーズムに含まれますが、これには精神的な不調も含みます。そして今回注目しているのは、この心理的要因におけるプレゼンティーズムです。
超高齢社会によって労働力人口が不足しつつある現代の日本において、このプレゼンティーズムの予防は喫緊の課題です。
では働き手の健康や業績を高く維持するには、具体的にどんな方策をとるのがいいでしょうか?
研究者らは、職場の衛生状態や食堂メニューの充実といった物理的な環境も大切である一方で、「リーダーの振る舞いや職場の人間関係といった文化的な環境づくりも欠かせない」と指摘します。
その文化的要因の候補として注目されているのが、上司の行動、つまりリーダーシップスタイルです。
例えば、職場のリーダーが常に高圧的な態度で、「自分の言っていることが正しい」と信じ込んでいるタイプだと、チームのメンバーは萎縮してしまい、自由な発言ができなくなるでしょう。
そうしたリーダーの下では、メンバーの「心理的安全性(psychological safety)」が大きく下がってしまいます。
心理的安全性とは、職場の中で自分の考えや気持ちを臆することなく誰に対してでも安心して発言できる状態のことです。
この心理的安全性を高く維持する上で、研究者たちは「謙虚なリーダーシップ」こそ必要とされているのではないかと考えます。
ここでいう「謙虚さ」とは、自らの能力の限界や過ちを正確に把握する意欲があり、他者の強みや主張を評価し、常に学びの姿勢を忘れないというリーダーシップのスタイルです。
このようなリーダーシップが示されると、従業員の仕事へのコミットメント、ポジティブな感情、および職場でのパフォーマンスが向上すると期待されます。
しかし従来の研究では、こうした「リーダーの謙虚さ」「心理的安全性」「プレゼンティーズム」の3つがどのように関係しているのかは調べられていませんでした。
そこで研究チームは今回、日本の複数企業を対象として、リーダーの謙虚さが従業員の心理的安全性、およびプレゼンティーズムにどう作用するかを調べてみました。
リーダーの「謙虚さ」は従業員にどう作用する?
本調査では、日本国内にある11社の企業から463名の従業員をリクルートし、オンライン調査に参加してもらいました。
参加者は男性224名、女性238名で、平均年齢が35.67歳。
全員が日本人で、職種はIT関連から管理職、営業職、サービス業など多岐にわたります。
それぞれの参加者には、リーダーの謙虚さを9項目から評価するアンケート(Expressed Humility Scale:EHS)、従業員の心理的安全性を評価するアンケート(Psychological Safety Scale :PSS)、プレゼンティーイズムの程度を評価するアンケート(Single-Item Presenteeism Question :SPQ)の3つに回答してもらいました。
それらをまとめてデータ分析した結果、職場リーダーの謙虚さが高いほど、従業員の心理的安全性も高まり、それがプレゼンティーズムの減少につながっていることが明らかになったのです。
3つの関係性としては、リーダーの謙虚さがそのままプレゼンティーズムの低減につながるのではなく、間に心理的安全性の高まりを介することで、結果的にプレゼンティーズムも減少するというものでした。
単にリーダーが謙虚であるだけで職場のプレゼンティーズムが低下するわけではなく、そのような柔軟なリーダーの存在により醸成された職場のポジティブな雰囲気が、従業員の健康や生産性を向上させると考えられます。
従業員の心身の健康はそのまま会社全体の利益の向上にもつながるため、これは重要な指摘です。
研究主任の松尾朗子(まつお・あきこ)氏は、次のようにコメントしています。
「本研究は現代の多様化する組織のあり方や働き方に関するもので、健康経営はこれからの日本においてますます重要になっていきます。
本研究の結果は、従業員が最大限の力を発揮して仕事を遂行できるような職場環境を整える際の大きなヒントとなるでしょう」
ますます複雑でストレスフルな社会になりつつある今こそ、柔軟に従業員と対応できるリーダーが求められているのかもしれません。