「オスの授乳」が起こらない理由と進化論
パパはなんでおっぱいでないの?
この疑問を1度は尋ねた人は多いでしょう。
哺乳類において自然環境でのオスの授乳が確認されているのは、ダヤクフルーツコウモリ (Dyacopterus spadiceus)ただ一種でありその他全ての哺乳類はメスだけが授乳を行います。
しかし逆を言えば、オスが授乳するような進化は決して不可能ではないことも示しています。
少し考えただけでも、オスが授乳できるようになることの利点は数多くあります。
たとえば授乳中のメスが死んでしまった場合、オスが授乳することができれば子供を救うことができます。
またオスとメスの双方が授乳可能であることは、栄養供給量の面からみても有利となります。
また哺乳類のどのオスにも遺伝的に乳腺組織があることが知られています。
たとえば乳汁漏出症を発症した人間の男性では、母乳が勝手に漏出してしまうことが知られています。
オスの授乳を起こすための遺伝的ハードルは意外にも低いのです。
しかし実際の進化は1種類のコウモリを除き「オスの授乳」を促しませんでした。
進化論の世界では、この奇妙な結果について長年の議論が行われており、いくつかの有力な説が存在しています。
1つ目は「オスには自分の本当の子供がわからない」という点に着目したものです。
メスは自分が産んだ子供を確信することができますが、オスは違います。
メスが他のオスの子供を産んだ可能性が常に付きまとい、子供に全力で投資することはオスにとって自分の遺伝子を残すのにリスクになり得ます。
エサを運んだり母子を守ったりするのに加えて授乳も担当した場合、オスの投資はさらに重くなります。
2つ目は、オスには交尾の機会を求めて子育てを放棄するように進化的圧力がかかる点にあります。
メスだけに子育てを任せて交尾に専念することは、オスにとっては自分の遺伝子を広く残すのに極めて有用な手段です。
実際、複数の動物では、オスはほとんど子育てを手伝わないことが知られています。
そして子育てを手伝わないオスにとって、授乳する能力は全く意味がありません。
伝統的な進化論に乗っとって考える場合「オスの授乳」は交尾に専念する機会を奪い、自分の子供ではない存在に投資してしまうリスクを増す行為だと言えます。
つまり「オスの授乳」はオス自身にとって「割に合わない」という論調です。
しかし哺乳類の約10%は一夫一妻制をとっており、その中には不倫がほとんど発生しない種も存在します。
たとえば夜行性のサルとして知られるアザラヨザル(Aotus azarae)ではメスの不倫はまず起こらず、オスは自分の子供を疑う必要はまずありません。
そのためアザラヨザルのオスは全ての子育てを担当し、子供をメスに手渡すのは授乳の時だけという極端なオス任せの育児スタイルをとっています。
進化論から言えば、アザラヨザルのオスが授乳できるように進化しても問題はないでしょう。
先に述べたようにオスの授乳が起こる遺伝的ハードルは低いため、少しの遺伝子変異でオスが授乳するように変化してもおかしくありません。
ですがアザラヨザルのように硬い一夫一妻制が守られているパターンにあっても、授乳は常にメスの役割となっています。
この結果は、オスに授乳させるような進化が、何らかの圧力によって妨げられている、言葉を変えれば「オスが授乳するように進化してしまった種はすぐに滅んでしまった」ということを意味します。
では「オスの授乳」を妨げる圧力の正体とは何なのでしょうか?