動物たちの中でも特異な「人間の唇」
動物の口の形は多様であり、「唇(くちびる)」または「口唇(こうしん)」の形状や機能も異なります。
例えば、鳥類には唇がありませんが、くちばしがその機能を果たしています。
また爬虫類にも私たちが考えるような唇はなく、その多くでは、ワニのように歯がむき出しになっています。
ちなみに、アメリカのオーバーン大学(Auburn University)の2023年の研究によれば、一部の恐竜には唇があったかもしれないという説が出ていますが、これも唇の特異性から注目される報告です。
一方、哺乳類の多くには唇があり、草食動物(ウマやウシ)では草を噛み取るために発達していて、非常に柔軟です。
サルやゴリラなどの霊長類の唇は人間と非常によく似ており、表情を作るのに重要な役割を果たします。
唇を使ってコミュニケーションを取ることもあるのです。
哺乳類の赤ちゃんが母乳を上手に吸うことができるのも、唇があるからです。
しかし、サルやゴリラには人間のような赤い唇(毛細血管の血液が透けた色)がなく、人間ほど粘膜が露出するまで外側にめくれていません。
これらを考えると、人間の唇は、動物たちの中でもかなり特殊だと分かります。
そして人間の唇は、人間の他の皮膚と比べても異質な部位です。
唇は角層(表皮の最表面にある細胞の重なり)が非常に薄く、ほとんどの皮膚に存在する皮脂を分泌する「皮脂膜」や、汗を分泌する「汗腺」がありません。
また唇の内部には複数の組織が存在しており、唇全体を口の字状に囲む「口輪筋」によって、唇をすぼめたり引き締めたりすることが可能になっています。
さらに唇には多くの血管と神経が集まっており、これが唇特有の赤色を作り出したり、非常に敏感な触覚を生み出したりしています。
こうした構造は、人間の唇に、他では見られない重要な役割を与えています。
例えば、飲食の際に、唇を閉じて口から食物が出ないようにしたり、水分を吸いやすくしたりできます。
そして唇はコミュニケーションにも欠かせない存在です。
言語においては、「ぱ」行や「ま」行を発音する際に唇が必要であり、唇の形を変えることで表情を作り出し、様々な感情を伝えることができます。
さらに人間同士の唇の接触(キス)は、愛情を確認し合う行為として重要な意味を持ちます。
なにより、唇は顔の中でも非常に目立つ部位であり、「美と健康の象徴」としても見られています。
それゆえデゲン氏は、「この組織に欠陥があると、外見が著しく損なわれているように見られてしまう」と述べています。
実際、唇の一部が失われたり、大きく腫れてしまったりした人は、自分の外見に自信を持てなくなる場合が少なくありません。
しかし唇は一度損傷してしまうと復元が非常に難しい部位です。その原因の1つが、唇は細胞自体が特別だという点にあります。
唇の細胞はまだ完全に理解されておらず、デゲン氏も「これまで、唇の外傷や感染症の治療法を開発するためのヒト唇細胞モデルが不足」していたと指摘しています。
また皮膚細胞とは異なり、ドナーから唇細胞を入手することも難しく、唇の細胞は研究が難しい分野だったのです。
それでも最近、デゲン氏ら研究チームは、それら唇の課題を解決する新たな道を開くことに成功しました。