不思議な図形を作っているのは電子なだれ

GIFではアクリルボードの上部に青い棒のようなものを当てていますが、これは陰極(マイナス極)で、アクリルボードの下側に陽極があります。
別の動画で見ると、この図形が描かれるときハンマーでアクリルボードの上部を殴っているのがわかります。
「なんでハンマーで殴ってるの?」という疑問が湧いてくる人も多いと思いますが、これはアクリルボードに傷を付けることが目的です。
絶縁体は、電気を通さない物質なので、基本的には電圧を掛けても通電しません。
しかし、何らかのきっかけがあると絶縁破壊を起こして一気に電子が内部を流れ出します。
絶縁破壊はイメージ的にはスリップに近い現象です。
バイクや自転車もタイヤの摩擦力が働いている間は、走行中に車体を傾けても転びませんが、路面の状況や過度に力が加わった場合はツルッと滑って転んでしまいます。
そして一度滑ってしまうと、もう立て直すことはできません。摩擦が耐えられなくなってツルッと滑るように、放電現象の場合は電気抵抗が耐えきれなくなり絶縁破壊が起きると連鎖的に通電してしまうのです。

ここではアクリルボードを物理的に破損させることが、絶縁破壊のきっかけとなっています。
ハンマーの衝撃によって、アクリル内部に微細な亀裂が生じると、ここに電子なだれという現象が発生します。
電子なだれというのは、飛び出した電子が原子に当たってそこから更に新しい電子が飛び出していくという現象です。

固体の中で電子は原子に束縛されていて、自由に動くことができません。
しかし、何らかのきっかけで自由電子が飛び出すと、掛かっている電圧によって電子は加速され、他の原子に勢いよく衝突します。
この状況を再現しているのが、電圧をかけた状態でハンマーで殴るというGIFの映像です。
一旦絶縁破壊が始まると樹状の模様ができる理由も、上の図を見ると分かると思います。
飛び出した電子が高速で原子にぶつかり新たな電子を押し出すことでどんどん電子が増えていきます。これが放射状にどんどん広がっていくので、木の根のようなパターンになるのです。
最後にバリバリと小さな雷が飛んでいますが、これは主放電後、アクリル内に残された電荷による二次的な放電現象だと考えられます。
残留電荷によって微小な領域に電界が形成され、これが十分に強くなると小規模な放電が発生します。これが「細い雷のような小さな電気の光」として観察されているのです。
この電界は徐々に弱まっていくので、しばらく経つと消えてしまいます。
一度現象の名前を知ってしまえば、動画でも同じような実験の様子を簡単に見つけ出して、より詳細に見ることができるでしょう。
こうした放電パターンの形成過程の観察は、絶縁材料の性能や劣化メカニズムを研究したり、雷などの自然現象を理解するのに役立ちます。
ただこれは高電圧を利用した、非常に危険な実験であるということはよく覚えておきましょう。
その最たる例が最初に示した木材を高電圧で燃やして模様を描く実験です。
非常に危険な行為「フラクタル木材燃焼」
海外ではこのリヒテンベルク図形を、木材に高電圧を掛けることで描く方法が一部で流行っていしまい問題になっているようです。
これは「フラクタル木材燃焼(fractal wood burning)」という呼び名で、電子レンジを利用したやり方が動画解説されており、安易に真似た人が指を吹き飛ばしたり、死亡者もでていると報告されています。
上の画像でも、木に刻まれた模様が繋がった瞬間激しいスパークが飛んでいるのがわかります。これは高電圧がショートした状況なので非常に危険です。
米国などでは17年以降で、この実験を動画制作やアートとして真似して30件以上の死亡事故が起きたとして、注意喚起されています。
動画映えもする見た目は美しい現象ですが、素人は見て楽しむだけに留めておくようにしましょう。