未知の治療法とその結末:ウイルス療法がもたらしたもの
ハラッシ氏が選択した腫瘍溶解性ウイルス療法 (OVT) は、慎重に計画されました。
治療に使用したのは、彼女自身が研究で扱った経験のある麻疹ウイルスとベシキュロウイルス。
この2種類のウイルスは、乳がん細胞への感染性が示されており、安全性の高い株が選ばれました。
そして、自らの研究室で培養したウイルスを使用し、腫瘍に直接注射し治療を開始しました。

この治療は約2カ月間にわたり行われ、治療を開始してからその成果が徐々に現れていきました。
治療の進行とともに、腫瘍は次第に小さくなり、硬く固定されていた腫瘍が柔らかくなり、周囲の組織から分離されるようになりました。
この変化によって、腫瘍は手術で完全に切除可能な状態にまで縮小しました。
病理学的な検査では、腫瘍内に多くの免疫細胞が浸潤していたことが確認されました。
これは、ウイルスががん細胞を攻撃すると同時に免疫系を活性化させた可能性を示しました。
この治療プロセスでは大きな副作用は発生しませんでした。
一部で軽い発熱やインフルエンザ様の症状が見られたものの、いずれも短期間で収まりました。
その後、腫瘍が手術で完全に切除され、ハラッシ氏は1年間のトラスツズマブ (抗がん剤) 治療を受けました。
現在までに再発はなく、治療成功から4年が経過しています。
今回の取り組みは、がん治療における腫瘍溶解性ウイルス療法 (OVT) の可能性を広げる重要な結果を示しました。
OVTによって腫瘍の縮小と免疫系の活性化が確認され、がん治療における新しい方向性が示唆されました。
しかし、ハラッシ氏は、この療法が「最初に選択されるべき治療法ではない」と強調しています。
今回のケースが実現したのは、彼女自身が科学者としてウイルスに関する専門知識を持ち、研究室での設備とリソースを活用できたからこそ実現した、非常に特殊なケースです。
また、彼女は未検証の治療を自己判断で行うリスクを深く理解しており、「他の患者が安易に模倣すべきではない」と明言しています。

ハラッシ氏はこの治療経験を科学の発展に役立てるため、学術誌への発表に踏み切りました。
しかし、自己実験を伴う研究という特性から倫理的な懸念が生じ、掲載を拒否されることもありました。
特に、自己治療が他の患者に誤解や模倣を誘発するリスクが問題視されました。
それでも彼女は「知見を共有する責任」を胸に、最終的に学術誌『Vaccines』に研究を発表しました。
今回のケースは、OVTの可能性と課題を浮き彫りにしました。
腫瘍の縮小と免疫系の活性化を同時に実現できるOVTですが、安全性と有効性の確認には十分に管理された臨床試験が不可欠です。
ハラッシ氏の経験は、科学者としての知識とリソースがあったからこそ可能になったものであり、さらなる研究が今後の発展に必要であることを示しています。