ADHDの人にだけ運動が効く理由とは?
チームは短い有酸素運動がADHDの人々において病的に弱まっている脳の「皮質内抑制(intracortical inhibition)」の機能を高めるのではないか。
反対に健康な人々においては皮質内抑制を低下させるのではないかと仮説を立てました。
これはどういうことか?
そもそもADHDの人と健康な人の脳機能は初めから大きく異なっています。
脳の神経回路では「興奮性」と「抑制性」のバランスが大事です。このバランスが崩れると、情報処理の精度が低下し、注意力や認知機能に影響を及ぼします。
そしてADHDの人は脳の抑制機能が常に低下している状態にあり、脳の興奮状態を適切にコントロールできていないことが多いのです。
例えるなら、ADHDの人の脳は「ブレーキが効きにくい車」であり、常にノイズや雑音が脳内に発生しており、それによって不注意や注意散漫が発生すると考えられています。
対して健康な人の脳は興奮性と抑制性がすでに最適なバランスを保っていることがほとんどです。
例えるなら、健康な人の脳は「ブレーキとアクセルが適切に機能している車」であり、脳を混乱させることが起きない限り、不注意や注意散漫は起きにくくなっています。
そのため、健康な人が運動をすると、むしろ脳の興奮性が高まり、抑制性は下がると予想されます。
これらを踏まえてチームは「有酸素運動がADHDの人の皮質内抑制を高め、健康な人の皮質内抑制を下げる」と仮説し、実験に移りました。
実験にはADHDの成人26名と健康な成人26名の計52名が参加しました。各グループには男性16名・女性10名が含まれ、平均年齢は23~24歳となっています。
ADHDの参加者は国立台湾大学病院の精神科外来を通じて募集され、健康な参加者はオンライン募集によって集められました。
研究では、実験条件と対照条件の2つの条件を設定しています。
実験条件では、参加者はエアロバイクで30分間の有酸素運動を行いました。
手順は「5分間のウォームアップ」「20分間の運動」「5分間のクールダウン」です。
対照条件では、参加者は30分間エアロバイクに座り、自然の映像を視聴するだけでした。
各セッションは2回実施され、1回目のセッションでは実験後に認知機能を測定するテストを実施、2回目のセッションでは脳の皮質内機能の変化を測定しています。
研究の結果、事前の予想通り、ADHDの参加者は30分の運動後に皮質内抑制が強化される一方で、健康な参加者では皮質内抑制が低下していることが確認されました。
そしてADHDグループは運動後のテストで認知機能のスコアが高まることが示されたのです。
逆に健康な人は運動によって脳の興奮性(皮質内促進)が高まっており、運動後のテストでも認知機能の向上は見られませんでした。
今回の結果は、短い有酸素運動がADHDの人々の認知機能を特異的に高めてくれることを示すものです。
有酸素運動は呼吸によって酸素を取り入れながら筋肉を動かす運動であり、ウォーキングやランニング、サイクリング、水泳、ダンスなど色々な運動が含まれます。
ADHDの人は集中力が落ちてきたと思ったら、軽く運動してみるといいかもしれません。