量子世界まで網羅する「悪魔エンジン」の数理モデル

これまでの研究でも、「マクスウェルの悪魔」が測定によって得た情報を活用して仕事を取り出すとき、一時的にエネルギーの収支がプラスになる局面がありうることは示唆されていました。
ところが(先にも述べたように)量子効果を加味すると、この「一時的プラス」がよりいっそう拡大する可能性があるのです。
つまり、マクスウェルの悪魔に量子効果という金棒が備わったわけです。
名古屋大学の研究グループが提示したモデルでは、量子論が許すあらゆる測定手法や操作方法を解析することで、この一時的プラスの仕組みを明らかにしています。
例えば、弱測定や確率的測定、量子もつれを利用した測定など、さまざまな量子効果を悪魔エンジンに取り込むことで、どのように仕事の取り出しが変わるかを総合的に評価できるようになっています。
さらに、その結果として一時的に「取り出せる仕事量が増えたように見える」状況も、正確に数式で捉えることに成功したのです。
言い換えると、「悪魔は本当にエンジンとして回るのか? もし回るならどれだけ得をするのか?」という疑問を真剣に解き明かすための数理モデルが、悪魔エンジンというわけです。
では、この「取り出せる仕事を増大させる量子効果」は、最終的に熱力学第二法則を破ってしまうのでしょうか?
研究者たちは組み立てられた「悪魔エンジン」のモデルをもとに、徹底的な調査を行いました。
結果、確かに一時的にはエネルギー収支はプラスになるものの、1サイクルを終えた時のエネルギー収支は常に赤字かゼロであることが判明しました。
つまり、「量子効果を駆使すれば、より大きな一時的プラスを得ることは可能」ですが、全工程──測定、フィードバック、メモリ消去、環境とのやり取り──を合わせて考えると、トータルの帳尻は合うのです。
これこそが、名古屋大学の研究グループが悪魔エンジンの枠組みで明確に示した成果のひとつといえます。
このことは、量子世界にまで手法を拡大したとしても、悪魔エンジンは熱力学第二法則を破れないことを意味しています。
やや劇的に言えば、マクスウェルの悪魔は量子という武器を手に熱力学第二法則に挑んだものの、結局は法則を破ることはできなかったわけです。
この研究により、量子論が許すどんな測定や操作を使っても、最終的には熱力学第二法則を破ることなく、「一瞬だけはプラス」の状態を作り出せるという事実が再確認されました。
これは「量子だから絶対に第二法則に隙がない」とか「量子なら簡単に第二法則を破れる」という単純な話ではなく、量子論は悪魔に“特別な力”を与えうる一方で、結局は全体のバランスが取れる形で第二法則が守られる、という結果を示しています。
驚いて中身を見てみればな~んだの結果でした。一瞬プラスには一瞬マイナスもついてくるから。都合のいい方向で話を進めない方が研究にはプラスですよ。