名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発
名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発 / Credit:Canva
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名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発

2025.02.14 17:00:25 Friday

悪魔は世界の理を覆せるのでしょうか?

名古屋大学で行われた研究により「悪魔エンジン」の数理モデルが開発されました。

メディア向けに発表された資料のタイトルも『マクスウェルの悪魔に量子的悪魔祓いは通用しない。しかし、そもそも必要ない(No quantum exorcism for Maxwell’s demon (but it doesn’t need one))』と極めて魅力的なものになっています。

悪魔エンジンは、熱力学第二法則を破りかねないマクスウェルの悪魔を動力にした理論モデルであり、もし実現できれば無限にエネルギーを生み出せると長年考えられてきました。

また、量子力学の分野では、マクスウェルの悪魔による「取り出し可能な仕事」が増大すると予測され、古典物理より大きなエネルギー収支の「見かけのプラス」が期待されていました。

量子世界の不思議という武器を手にしたマクスウェルの悪魔は、本当に熱力学第二法則を破ることができるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年2月7日に『npj Quantum Information』にて公開されました。

No quantum exorcism for Maxwell’s demon (but it doesn’t need one) https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result-en/2025/02/20250210-01.html
Universal validity of the second law of information thermodynamics https://doi.org/10.1038/s41534-024-00922-w

マクスウェルの悪魔を動力にした「悪魔エンジン」

名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発
名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発 / FIG1は、悪魔エンジン全体の仕組みをひと目で理解できるように描かれた図です。 この図には、5つの主要な部分が示されています。 まず、対象となる系Aは、エネルギーや情報の元となるガスや量子状態がある場所です。 次に、悪魔の内部状態Mがあり、これはマクスウェルの悪魔が情報を集めるための「脳」や「記憶装置」にあたります。 さらに、レジスタKと呼ばれる部分があり、ここには測定結果が記録されます。 また、エネルギーを取り出す操作に使う一定温度の環境B1と、記憶を消すための一定温度の環境B2という2つの環境も示されています。 これらすべての部分は、同じ温度の環境下で動いており、悪魔エンジンの3つの段階(測定、エネルギー取り出し、メモリ消去)がどのように連携して動くかを示しています。 この図を見ることで、各部分がどうつながり、全体のエネルギーのやり取りがどのように計算されるかを直感的に理解できます。/Credit:Shintaro Minagawa et al . npj Quantum Information (2025)

「もしも部屋の中を飛び回る分子のうち『速いもの』だけを右側へ、『遅いもの』だけを左側へ、魔法のように仕分けできたらどうなるだろう?」──19世紀の物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルは、そんな空想を思い描きました。

彼は、仕切りの小さなドアを自在に操作する「悪魔」を想定し、ドアの反対側に入ろうとする分子が『速い』か『遅い』かを瞬時に見分けて、速い分子だけを片側に集めてしまう、というのです。

普通、熱力学第二法則によれば、熱エネルギーが一方的に移動して温度差が自然に生まれることはありません。

けれども、この「悪魔」が素早く仕切りを開け閉めすれば、左側は低速分子ばかりで冷たい領域、右側は高速分子ばかりで高温の領域が勝手にできあがるかもしれません。

もしこんなふうに簡単に温度差を作れたら、温度差を利用してピストンを動かし、いくらでもエネルギー(仕事)を取り出すことができそうです。

言い換えれば、「何も燃やさずにエンジンを回せる」という、まさに第二法則を破るシナリオが頭に浮かびます。

この仕組みが「マクスウェルの悪魔」です。

そしてここから派生して生まれたのが、「悪魔エンジン」という着想です。

普通のエンジンの場合では

燃料の燃焼→ピストンを押し出して仕事を取り出し→排気して元の状態に戻す

という流れを何度も回して動力を得ます。

同じように、悪魔エンジンも

測定→フィードバック→メモリ消去

という流れをサイクルとして動かすことで、繰り返しエネルギーを取り出すかもしれない、というのが理論上の発想です。

名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発
名古屋大学が「悪魔エンジン」の数学的モデルを開発 / Credit:clip studio . 川勝康弘

測定のステップでは、悪魔は、ターゲットとなる物理系がどのような状態にあるか(たとえばどの分子の速度が速いか遅いか、量子状態が励起状態か基底状態かなど)を測定します。

このとき得られる情報は、悪魔がどんな操作をすればより多くの仕事を取り出せるかを判断するために使われます。

古典系ならば、高速の粒子と低速の粒子を見分けてドアをタイミングよく開くための情報を得る段階となります。

また、量子系ならば、粒子の情報を得る段階となります。

次のエネルギー取り出しのステップでは、得られた情報をもとに操作を行いエネルギーを取り出します。

古典系ならば片側に高速粒子を偏らせることでピストンなどを動かします。

あるいは量子系なら、エネルギーの高い状態を巧みに利用して外部へエネルギーを吐き出させることになります。

量子論では「粒子がどちらにいるか」ではなく、もっと別の量子状態(エネルギーやスピンなど)を測定して、それに応じて操作(フィードバック)を行うことができるからです。

簡単に言えば、古典系ではできないことをやって、ピストンを動かすためのエネルギーを古典系よりも効率よく抽出するわけです。

最後のステップは、悪魔がこの作業を行うために使用したメモリの消去です。

悪魔の正体が機械でも生物でも、記憶容量は有限です。

そのため、悪魔エンジンを永久に回すには、最初の測定で得られる情報を記録するための無限の記憶容量を用意するか、作業が終わったサイクルの記憶を消去して再び新たな記憶をできるようにしなければなりません。

当然、無限の記憶容量などは存在しないため、必然的に残りの不要な情報を削除する作業が必要になります。

悪魔エンジンの肝は、この三つのステップを繰り返し行う点にあります。

しかし、実際に科学が発展するにつれて、「この悪魔が測定を行い、記憶し、その情報を使うには何らかのコストがかかる」ことがわかってきました。

サイクルの各段階をエネルギーのプラス・マイナスで分類すると、

①測定段階はエネルギーマイナス(測定するためにエネルギーがかかるから)

②エネルギー取り出し段階はエネルギープラス

③メモリ消去の段階はエネルギーマイナス(メモリ消去にもエネルギーがかかるから)となります。

さらに量子力学の発展によって、コストとリターンの関係がリターン側に傾く現象があることがわかってきました。

量子の世界の不思議な粒子の挙動には、古典物理では説明不可能なものがあり、この量子世界の不思議をマクスウェルの悪魔が取り込むことで、熱力学第二法則に対抗する武器になりえます。

ただ、現在に至るまで、量子世界の武器を手にしたマクスウェルの悪魔と熱力学第二法則との勝負の行方を正確に知ることは困難でした。

そこで今回、名古屋大学の研究グループは、量子の世界にまで踏み込んだ「悪魔エンジン」の数理モデルを開発することで、悪魔エンジンが成り立つかを調べることにしました。

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