知能の高い人は思春期の訪れが早い

これまでの大規模な追跡調査から、知能の高い人は、身体も健康で、長寿であることが繰り返し報告されてきました。
たとえば、イギリスやスコットランドで行われたコホート研究では、子どもの頃のIQが高い人ほど、成人後に病気になりにくく、死亡率も低いという傾向が統計的に確認されています。
しかし、知能と健康にどういう関係があるのでしょうか?
こうした知見を説明するために提唱されたのが、「システム・インテグリティ理論(System Integrity Theory)」です。
この理論では、健康や長寿の要因は、神経系・免疫系・代謝系など、体内のさまざまな生理的システムが、効率的かつ協調的に働いている(身体の整合性が高い)ためだと考えます。そして、そのような身体の整合性が高い個体では、脳の情報処理も効率よく行われるため、それが知能の高さとして表れると説明しています。
この考えに従うと、知能の高い人は身体的な成熟も早く、思春期の訪れも早いはずだと予測されます。さらに過去の一部の研究では、知能の高い男性ほど精液の質が高い(精子の数・運動性・形態など)という結果も報告されています。
つまり、進化論的に見れば、知能が高い人は、非常に生殖に有利な立場にあり、より早く、より多くの子孫を残すことができると考えられます。
しかし多くの国の統計データでは、高学歴で知的能力の高い人ほど、出産年齢が遅く、最終的な子どもの数も少ないという傾向が一貫して見られています。
これらの既存の大規模調査の報告には、生物学的に大きな矛盾を含んでいます。
そこでこの矛盾点に着目して新たに大規模調査の検証を行ったのが今回の研究です。
研究を行ったのは、シンガポールのジェームズ・クック大学と、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスによる共同チームです。
彼らは、イギリスの「National Child Development Study(1958年生まれの約1万7000人を追跡した調査)」と、アメリカの「Add Health Study(思春期から成人までの行動・健康を調査)」という2つの大規模コホートデータを使い、3万人以上を対象に知能・身体的成熟・生殖行動・出生数の関係を詳しく分析しました。
すると知能の高い人は、確かに思春期(初潮や声変り、体毛の発現など)を平均より早く迎える傾向が確認されました。これは、システム・インテグリティ理論の主張を裏づけています。
ところが、彼らの生殖行動はこの傾向と真逆の方向を示していました。性交、結婚、出産の時期はいずれも知能が高い人ほど遅れ、最終的な子どもの数も少ないという結果が示されたのです。
つまり今回の研究は、進化的には有利なはずの特徴(健康・高知能・早熟)が、現代社会においてはむしろ出産を遅らせ、子どもを持たない選択へとつながっているという、大きなパラドックスの構造を明らかにしたのです。
ではこの“早熟だが晩産”という矛盾はどう説明すればよいのでしょうか? 研究チームがたどり着いた答えは、社会的・心理的な「選択」が生殖行動に強く影響しているというものでした。