児童虐待は「成長過程の脳」にどんな悪影響を及ぼすのか調査
「虐待は心の傷を残す」──これは一般的に知られている事実です。
しかし、その傷が脳のかたちにまで刻まれている可能性があると聞いたら、どう感じるでしょうか?
今回の研究の焦点となったのは、「海馬」という脳構造です。
海馬は、記憶の形成や感情の調節、ストレス応答などに深く関わる脳の部位であり、うつ病やPTSDといった精神疾患との関連が強く指摘されています。
特に、慢性的なストレスやトラウマによって海馬が萎縮することが、成人の脳で報告されてきました。

しかし、「子どもの脳」ではどうなのでしょうか?
これまでの研究の多くは断面的な「スナップショット」型であり、成長とともにどのような経過をたどるのか、長期的な視点で捉えた研究はごくわずかでした。
さらに、ほとんどのデータが欧米の高所得国に偏っており、世界人口の大半を占める低中所得国での脳発達に関する知見は、圧倒的に不足していました。
このような背景のもと、ブラジルの研究チームは「子ども時代の虐待が、成長とともに脳の海馬にどのような影響を及ぼすのか」を明らかにするべく、画期的な縦断研究をスタートさせました。
研究では、2009年から2019年にかけて、ブラジルのサンパウロ市とポルトアレグレ市の2都市から集められた6〜12歳の子ども795名を対象に、最大3回(ベースライン、3年後、6年後)の脳MRIスキャンを実施し、各時点でのデータから縦断的な分析を行いました。
虐待歴の評価には、親と子ども双方へのインタビューが用いられ、身体的虐待、性的虐待、感情的虐待、育児放棄(ネグレクト)の4種類について調査が行われました。
そして得られた回答を因子分析にかけ、親と子どもの報告を統合した「虐待レベルのスコア」を算出。
その上で、参加者を「高虐待群」と「低虐待群」に分類しました。
加えて、MRI画像から左右の海馬の容積を算出し、虐待経験の有無が脳の構造に与える影響を、年齢や性別、抑うつ症状の有無、さらには海馬の遺伝的リスクなどを加味して解析するという、非常に緻密なモデルが構築されました。
では、この研究の結果は何を示すのでしょうか。