1つの光子が1つの世界で2つの経路にある

1つの光子が2カ所にあるケース
研究チームは単一光子(一度に1個ずつ放出される光の粒子)を用いた干渉実験装置を構築しました。
原理的には二重スリット実験と同様ですが、2つの経路にそれぞれごく小さい偏光回転を与える仕組みが組み込まれています。
たとえるならば、二重スリットの右側の穴を通る場合は光が右回転し、左側の穴を通る場合には左回転するような仕組みを穴にあたる部分に仕込んだのです。
(※片方の経路を通る光子には偏光がわずかに右回りに回転し、もう一方の経路では左回りに回転するように設定しました。)
もし光子が2つの場所に同時に存在する場合、経路ごとに反対向きに回転させている2つの偏光操作が打ち消し合って、平均的には偏光に変化が生じないよう調整されています。ただこの操作が強すぎると「観測」とよばれる状況になり重ね合わせが崩れてしまいます。
そのため実験では途中の光子がどちらの経路を通ったか直接暴露するような強い観測は行われません。
光の回転操作はごく控えめに行われ重ね合わせを壊さない「弱い観測」と呼ばれるものに留まりました。
その後、光子は干渉パターンを形成するスクリーン(あるいは検出器)に一つずつ検出され、光の回転が調べられました。
「偏光反転」が起きる頻度を統計的に解析することで、光子が経路上で受けたわずかな偏光回転のゆらぎを測定したのです。
直感的には、光子がどちらか一方の経路しか通らなかった場合は偏光にプラス方向かマイナス方向の回転が確実に生じるため偏光の揺らぎが大きくなり、逆に両経路に分かれて通れば回転は打ち消し合って揺らぎが小さくなる、と予想できます。
実際のデータは後者の傾向、すなわち干渉縞の明るい部分(高い確率で光子が検出される場所)に現れた光子では、偏光反転がほとんど起きず、偏光の揺らぎが極めて抑えられていることが示されました。
これは、1つの光子がきっちり二カ所の経路を通過していたことを意味します。
言い換えれば、一つの光子が二方向に「分身」し、両方の経路を同時に進んで合流したと考えれば、観測された結果と矛盾なく説明できるのです。
多世界解釈は1つの粒子が2つの場所に存在するのではなく1つの粒子が2つの並行世界にわかれて存在し観測によって世界線が収束するというもののはずです。
しかし今回の研究は弱い観測と統計処理を通じて、1つの粒子が1つの世界に2カ所同時にあるということを示し多世界解釈に対する1つの疑念を提示することになりました。
(※ただ多世界解釈が完全に否定されたわけではありません。多世界解釈的には「弱い観測では世界線がほとんど分岐せず、後の検出(強い測定)で“結果”が確定するときに枝分かれが顕在化する」と説明することもできるからです。多世界解釈も盛んに研究が続けられており、その結果、多少の不利な証拠では否定されなくなる「耐性」を身に着けています)
1つの光子が同じ場所に1個以上存在するケース
一方、干渉縞の暗い部分(本来ほとんど光子が到達しないはずの場所)でまれに検出された光子でも非常に興味深い結果が明らかになりました。
暗いはずの領域(破壊的干渉によって光子がほとんど到達しないはずの場所)でも、ごくまれに光子が検出されることがあります。
研究チームがそこでの光子の偏光変化を調べたところ、「ほぼ片方の経路だけを通った」と推定できるほど大きな偏りが観測されました。
これは、光子が両方の経路を等分に広がっていたわけではなく、ほとんど一方の経路に集中していたことを意味します。
ですがこれは、どちらかの経路のみを100%たどるという単純なものではありませんでした。
実験では、このように「一方の経路に強く偏り、もう片方にはわずかどころか“負の値”で存在する」という極端な振る舞いを「スーパーローカライズ(超局在化)」と呼んでいます。
数学的な言い方をすると、光子が通り道として占める“存在量”の合計は変わらないのですが、その内訳が「片方に1を超える分だけ集中し、もう片方はマイナスの寄与を持つ」形になるというわけです。
1個しか発射していない光子が一方の経路(穴)で1個を超える量が存在するという結果は奇妙に聞こえます。
しかしこれは量子力学の“弱測定”から導かれる有効量(弱値)の特徴であり、“負の存在”があることで両経路の干渉を打ち消し、結果的に暗い領域にも光子が現れる”と解釈できます。
現象としては「暗いはずの場所に現れた光子は、ほぼ完全に片方の経路を通った」という理解で差し支えありません。逆に、明るい領域(光が強め合って多数検出される場所)で見つかった光子は、二つの経路をバランスよく重ね合わせて進んできたと考えられます。
こちらはどちらか一方に偏るのではなく、両方の経路に等しく存在し、それぞれの位相や振幅がちょうど重なり合って強い干渉を生み出す状態です。
つまり、同じ実験条件下で発射された光子であっても、最終的にどこに検出されるかによって、「片方だけ通った」か「二つの道をほぼ同時に通った」かという過去の分布が大きく変わるのです。
このように、光子が最終的に現れた検出位置(明るいか暗いか)によって、その光子が過去にどう存在したかが異なって見えるというのが今回の実験で示唆された主要なポイントです。
あえて逆因果的な表現を使えば、「光子が二つのスリットをどう通り抜けるかは、じつは後になって私たちが「どの出口でその光子を受け取ったか」を測定することで決まる」と言えます。
言い換えれば、スクリーンで光子を検出した瞬間の結果――未来の出来事――が、光子がその前にどちらの道を進んだかという“過去の行動”を後から確定させるように働く、というわけです。
研究チームも、この結果が量子力学独特の“不思議”を端的に示していると強調しており、観測(つまり最終的な検出)という“文脈”が、粒子の在り方に決定的な影響を与えるという重要な事例だと位置づけています。
これまで「観測すると粒子の状態が決まる」と漠然と言われてきたことが、単なる比喩ではなく文字通り起きていると示したのが今回の実験と言えます。