アセトアミノフェンの作用機序に関する何十年にもわたる仮説が覆えされた
アセトアミノフェンの作用機序に関する何十年にもわたる仮説が覆えされた / Credit:Canva
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アセトアミノフェンの作用機序に関する何十年にもわたる仮説を覆した (2/3)

2025.05.28 22:00:32 Wednesday

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【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見

【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見
【実験と結果】痛みを抑える物質を抑えると痛みが消えるという発見 / 図は、左上にアセトアミノフェンが脳内や培養細胞でどのように 2-AG の合成を抑え、その結果として痛みを和らげるのかを示しています。/Credit:Cell Reports Medicine

実験と結果のざっくり解説版

まず、研究者たちは培養細胞を使って「この薬が“別バージョンの鎮痛物質”(2-AG)を作る“工場”をどの程度止めるのか」を調べました。

具体的には、細胞の中で2-AGを増やす仕組みをわざと働かせ、そこにアセトアミノフェンを加えて、2-AGがどれだけ減るかを測定したのです。

その結果、アセトアミノフェンが“工場”のスイッチをしっかり切っていることが確認され、「やっぱり脳内の“麻薬のような物質”を増やすわけじゃなく、むしろ減らしているのでは?」という仮説に一歩近づきました。

さらに次のステップとして、マウスを使った実験が行われました。マウスの足裏を温める装置に乗せ、痛みにどれくらい耐えられるかを見るテストです。

もしアセトアミノフェンが2-AGを減らして痛みを抑えるなら、正常なマウスには鎮痛効果が出るはずで、反対に“受け取り手”が働かないマウス(遺伝子を欠損させてある)には効かないはず……というわけです。

そして結果はまさにその通り。「受け取り手」を持っている普通のマウスには効果抜群でしたが、「受け取り手」が欠損しているマウスには効きませんでした。

これは「アセトアミノフェンが“受け取り手”と2-AGの関係を利用して痛みを止めている」ことを示す有力な証拠となったのです。

さらには、アセトアミノフェンと同じように“別バージョンの鎮痛物質”を減らす薬を投与してみたところ、アセトアミノフェンとほぼ同じように痛みを和らげた、という決定的なデータも得られました。

要するに、「2-AGを減らすだけで、ちゃんと痛みが軽減する」ということが明確になったわけです。

こうして細胞実験とマウス実験で得られた複数の証拠がそろい、「アセトアミノフェンが実は“別バージョンの鎮痛物質”を減らして痛みを止めている」という新たなシナリオが信ぴょう性を増しました。

まさに、従来の「快楽物質を増やせば痛みが減る」という考え方の真逆を行く結果であり、当初は研究者たちも「本当か?」と疑ったそうですが、実データによって裏付けられたことで学会でも大いに注目を集めています。

実験と結果の本解説

インディアナ大学のドボラコバ博士らはまず、培養細胞を使ってアセトアミノフェンがエンドカンナビノイド産生酵素DAGLαに及ぼす直接作用を調べました。

具体的には、HEK293細胞にDAGLαを過剰発現させ、受容体(M3受容体など)を刺激して2-AG生成を誘導するモデルを用い、そこにアセトアミノフェンを加えるとどうなるかを観察したのです。

その結果、アセトアミノフェンがDAGLαの働きを阻害し、2-AGの生成を大幅に抑制することが明らかになりました。

つまり、この薬は2-AGを作る“蛇口”を閉めるような形で、結果的にCB1受容体への刺激を減らし、痛み信号を抑制している可能性が示唆されたのです。

従来の常識からすれば「内因性カンナビノイドを減らしてどうやって痛みを抑えるのか?」という逆転の発想ですが、まずは細胞レベルでそのメカニズムの一端が裏付けられた形です。

次に研究チームは、このメカニズムが実際に生体の鎮痛効果につながるかをマウス実験で検証しました。

マウスの足裏を加熱板に乗せ、痛みを感じて足を引っ込めるまでの時間(痛み閾値)の変化を見る方法です。

正常なマウスではアセトアミノフェン投与後、痛み閾値が有意に延長し(痛みを感じにくくなる)鎮痛効果が確認されました。

しかし、カンナビノイドCB1受容体を欠損したマウスではこの鎮痛効果が見られず、CB1受容体がアセトアミノフェンの作用に必須であることを示す重要な結果となりました。

さらに決定的だったのは、アセトアミノフェンと同様にDAGLα酵素を阻害する化合物を投与した場合にもマウスの痛み閾値が上昇し、鎮痛が生じた点です。

研究チームが使ったDAGLα阻害剤RHC-80267は、アセトアミノフェンとほぼ同程度の鎮痛効果を示しました。

言い換えれば、「2-AGを減らす」という操作そのものが痛みを和らげる可能性を示したのです。

ドボラコバ博士は「私たちは長く、エンドカンナビノイドが増えれば痛みは減ると考えてきましたが、2-AGに関してはその逆であるケースがあると分かりました。

実際に2-AGレベルを低下させると痛みが減ったのです」と述べています。

このように、細胞レベルから動物実験まで複数のアプローチを通じて、アセトアミノフェンが「2-AGを抑えることでCB1受容体への過剰な刺激をブロックし、鎮痛をもたらす」という新しい可能性が浮上しました。

従来説の「エンドカンナビノイドを増やしてCB1受容体を活性化する」モデルとは真逆のメカニズムです。

研究チーム自身も当初は学界から懐疑的な声があったといいます。

研究責任者のアレックス・ストライカー博士は「50年もの研究が『CB1受容体を活性化すれば痛みは和らぐ』と示してきたこともあり、これまでの定説を覆すのは容易ではありませんでした」と語っています。

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