見ないことで物体の温度を下げる

研究チームは、このアイデアを確かめるために、特殊なガラス製の球体を用意しました。
この球のふちを赤いレーザー光が何千周も回り続ける間、ガラス自体がわずかに震えて超音波のような振動(音波)が生まれます。
光と振動は同じ場所に長く閉じ込められるので、微小球の中でも光や音の波が球の内壁に沿って何度も回り続け、エネルギーが逃げにくい状態になります。
その結果、光が球を出ていくときの挙動を詳しく調べれば、球内部の振動(エネルギー)の高い低いを知ることができるのです。
準備ができると研究チームは、ガラス球にレーザーを当てつつ、観測を開始しました。
ここで鍵となるのが、先ほど述べた「ゼロ光子検出」です。
光検出器として単一光子検出器という非常に高感度なセンサーを用い、一瞬ごとに「散乱光の光子が一個検出されたか、それとも一個も検出されなかったか」を判定できるようにしました。
その観測結果と同時に、別の手法(ヘテロダイン計測という方法)で球内部の音波の振動の強さ(温度に対応)を測定しました。
その結果わかったのは、「光子が一つも検出されなかった」瞬間の音波は、通常よりも静か(振動が小さい)になっていたということです。
逆に「光子が一つ検出された」瞬間には、音波の振動はいつもより大きく(うるさく)なっていました。
つまり、散乱光が出なかったという“何も起きなかった”観測結果によって、音波の振動が普段よりも抑えられていたのです。
この結果は一見すると奇妙ですが、光の散乱と音波の振動の間に相関関係があることを考えれば説明できます。
光と音が強く結びついたこの実験系では、散乱光子が「ゼロだった」という観測情報を得た時点で、「音波のエネルギーがより低い状態だった」と状態が更新される(確からしくなる)と理解できます。
共同第一著者の一人であるエヴァン・クライヤー=ジェンキンスさんは「最初はこの結果にとても驚きました。しかし、我々の実験では光と音が相関しているため、測定で得られた情報によって音波の状態をさらに冷却できることがわかったのです」と説明しています。
さらに興味深いことに、光を測定しない場合(いわば「目を閉じて何も見ない」場合)は、通常のレーザー冷却によって音波の振動が冷やされていましたが、光子を一個検出してしまった場合には音波がかえって熱く(振動が増えて)しまいました。
これに対し、光子を検出しなかった場合には音波の振動がレーザー冷却単独よりも冷えた状態になっていたのです。
つまり、量子の世界では「何も起きなかった」という結果が得られたときに限り、振動エネルギーを従来以上に下げる(冷却する)ことができたということになります。