あなたの寝不足を脳は覚えている――睡眠負債の謎に迫る

夜遅くまでドラマを見たり、面白い本をついつい読み進めたりして、気づけばいつもの睡眠時間を過ぎてしまった――。
こんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
そしてそんな日が続いたあと、私たちは強い「寝不足」を感じ、次の夜には長くぐっすりと眠ることがあります。
これは、体が睡眠不足を覚えていて、まるで借金を返すようにあとからまとめて睡眠を取ろうとしているからです。
これを専門的には「睡眠負債」と呼びます。
睡眠負債が溜まるとどうなる?
近年の科学研究では、この睡眠負債が体や脳の健康に深刻な影響を与えることが次々に明らかになってきました。
睡眠負債がたまると、脳の集中力や判断力が低下し、ケアレスミスや事故を引き起こす可能性が高まります。また、記憶力や学習能力にも悪影響が及ぶことが報告されています。これは、睡眠が脳の情報整理や記憶の定着に重要な役割を果たしているためで、睡眠不足が続けば認知症のリスクが高まる可能性も示されています。
さらに、睡眠不足は体の免疫力を低下させ、風邪やインフルエンザをはじめとした感染症への抵抗力を弱めます。また糖尿病や肥満、高血圧、心臓病などの生活習慣病リスクも上昇します。2024年の研究では、睡眠不足が続くと血糖値の調整が乱れることや、慢性的な炎症反応が高まることが明らかになっています。
さらに過去に行われた研究では慢性的な睡眠不足はIQスコアを5~10ポイント低下する可能性が示されています。
また別の研究では毎晩の睡眠時間が6時間以下の状態が2週間いたり2徹のような極端な睡眠カットはIQスコアを10~15ポイントも低下させる可能性が示されています。
睡眠負債とは、本来必要な睡眠時間に対して、実際の睡眠が足りない状態が積み重なっていくことです。
つまり眠りが足りないと、それがまるで借金のように体の中に貯まり、やがては返済しなければなりません。
私たちの体は、この「借りている睡眠」を埋め合わせるために、「寝だめ」をすることでバランスを保とうとしています。
徹夜明けや長期間の睡眠不足のあとに、いつもより長く深い眠りに入るのはそのためです。
しかし、こうした睡眠負債の仕組みがあることは昔から知られていましたが、具体的に体のどこがこの「借金」を数えているのかはよくわかっていませんでした。
脳は一体どのようにして、睡眠がどのくらい足りないかを記録し、「もっと寝なさい!」という命令を出すのでしょうか?
この問題は睡眠研究の世界で100年以上にわたり大きな謎として残されてきました。
睡眠負債はリボ払いできない
買い物をしたとき、すぐにお金を払わず少しずつ分割して返済する「リボ払い」という仕組みがあります。月々の負担が軽くなって、一見便利そうですが、実は長期間にわたり利息が膨らんでしまう危険もあります。
睡眠不足もこれと似ています。毎日少しずつ足りない睡眠時間が「負債」として蓄積し、体や脳に負担をかけ続けます。問題は、この睡眠負債を「リボ払い」のように少しずつ返済するのが非常に難しいという点です。
私たちの脳は、睡眠負債を細かく分割して返済するのではなく、たまった負債をまとめて返済しようとします。つまり、寝不足がたまればたまるほど、週末や休日に一気に長く深く眠り込んでしまうわけです。
近年、睡眠負債の仕組みを遺伝子や分子レベルで探る研究は進んできていますが、実際に脳のどの神経細胞が睡眠不足を感じ取って、「寝不足だよ!」という警報を出しているかまでは解明されていませんでした。
そこで、ジョンズ・ホプキンス大学のマーク・ウー教授らの研究チームは、この「睡眠負債」の記録場所を脳の中で探し出し、具体的な神経回路を見つけようとしました。
果たして彼らは、脳の中に隠された「睡眠の借金帳簿」を見つけることができたのでしょうか。