「睡眠不足のツケ」を脳が自動で記録していた――人間への応用可能性は?

今回の研究によって、「睡眠不足が続くと、脳の中にある特定の神経回路が『睡眠負債』を記録し、あとでまとめて眠らせてくれる仕組みがある」ことが初めて示されました。
これまで漠然と「寝だめをする」と言われてきた現象が、実は脳内の具体的な神経回路によって正確に計算され、コントロールされていたということが明らかになったのです。
特に興味深いのは、視床の中心部にある小さな領域「リユニエンス核」がこの「睡眠負債」を計算している可能性が高いという点です。
私たちが寝不足になると、脳の中で「もっと寝なさい!」という命令を出す細胞が活発化し、その後に「寝だめ」をするための深い眠りを引き起こします。
しかも単に眠気を生じさせるだけではなく、寝る前に布団や枕を整えたり、歯磨きや洗顔をしたりする準備行動を促すこともわかりました。
マウスでさえ眠る前には顔を洗い、巣をふかふかに整えるというのですから驚きです。
さらに、この研究で注目すべきだったのは、この神経回路が寝不足状態が続くほどいっそう強化される点でした。
言ってみれば、睡眠不足になるほど「睡眠の借金帳簿」をつける脳内の回路が強化され、負債を返済するための準備を徹底的に整えるわけです。
この仕組みがあるおかげで、脳は自然に自分自身の健康を守るように働いていると言えます。
ただし現時点での結果はあくまでマウスのデータに限られます。
人間の脳でもまったく同じ仕組みが存在するかどうかはまだ分かりません。
スタンフォード大学の専門家ウィリアム・ジャルディーノ氏も「この仕組みがヒトにも当てはまるかはまだ確かめられていないし、慢性的な睡眠不足が長期にわたったときにどう影響するかも分からない」と慎重な姿勢を示しています。
それでも、もし人間にも同様の回路があるのなら、睡眠障害治療に大きな手がかりを与えるでしょう。
不眠症やナルコレプシーなど、睡眠の質や量をうまく調整できない病気を抱える人たちに対し、この神経回路を標的にして「眠気」や「睡眠の深さ」を人工的にコントロールできる可能性が出てきます。
寝不足で悩む多くの人にとって画期的な治療法が登場する未来も、決して夢ではありません。
私たちはつい睡眠不足を「忙しい毎日には仕方がないもの」と軽く考えてしまいがちです。
しかしこの研究は、睡眠が健康に欠かせないことを改めて示しています。
睡眠負債は放っておけば利子付きでどんどん溜まり続けます。
けれど脳には、この「借金」を自動で計算してきっちり返済する驚きのメカニズムが備わっていました。
「睡眠不足のツケは必ず脳が覚えている」という事実を知った今、私たちはもう少し睡眠を大切にする必要があるかもしれません。
寝る気満々のマウスさんの行動かわいい。
社畜は長い通勤災害時間と労働災害時間を捻出するため限界まで睡眠を削られますからね…