“環境=証人”という逆転発想が示す新しい現実観

量子ダーウィニズムは長らく理論の舞台で議論されてきましたが、ここ十数年の間に「本当にそうなっているのか」を確かめる動きが加速しました。
最初の手がかりは2010年前後に報告された開放量子ドットの研究です。
指先にも満たない半導体の小部屋を電子が飛び回るこの装置では、電子の波が「スカー」と呼ばれる傷跡のような濃淡模様を残すことがあります。
研究者たちは、この量子ドットの中にある電子のような小さな粒子が環境と接触すると、特定のパターンだけが安定して残り、それが繰り返し現れる可能性があることを理論的に予測しました。
このパターンは量子ダーウィニズムが言う「安定な情報が環境にコピーされる」というアイデアにとても似ていました。
ただし、これはあくまで理論上の予測であり、実際の実験で確実に確認されたわけではありません。
その後2018年から2019年にかけて、世界のさまざまな研究グループが量子ダーウィニズムをもっと直接的に調べるための実験を行いました。
例えば、あるチームは光の粒(光子)の世界を調べました。
レーザー光をバラバラの光子に分け、その光子どうしが量子情報を“言い広める”様子を調べました。
光子は宇宙で最も手軽なメッセンジャーで、わずかな相互作用でも情報を遠くまで運びます。
そこで研究者は、最初の光子が持っていた「状態のタネ」が後続の光子にどんどん写っていく様子を検出し、量子ダーウィニズム型の“情報の増殖”が光の世界でも起こりうることを示しました。
また別のチームは、ダイヤモンドという特殊な物質を使った実験を行いました。
ダイヤモンドの中には、ほんのわずかですが、特殊な構造があり、その中にある粒子の情報が周囲の環境にどのように伝わるかを調べました。
ここでも、粒子の情報が環境に広がり、「冗長に(同じ情報がいろんなところに重複して)コピーされる」ことが実際に確認されました。
環境が一度このように情報をコピーしてしまうと、観察者が元の粒子を直接調べなくても、環境を調べるだけで粒子がどのような状態だったかを知ることができます。
つまり、情報が環境に広がることで、誰もが同じ現実を見ていることになります。これはまさに、量子ダーウィニズムの考え方を実験で示した例です。
このような結果について、量子ダーウィニズムを提唱したズーレック氏も「ほぼ理論の通りの結果が出ている」と評価しました。
ただし研究者らは「現時点の実験はまだ簡略化された状況での検証に過ぎない」とも述べています。
それでも、多くの研究者はこれらの実験的成果に勇気づけられ、今後さらなる精密な検証が進むことを期待しています。
量子ダーウィニズムの予言する微妙な効果を捉えるためには、これからも実験技術の向上が欠かせませんが、その挑戦自体が量子の世界の理解を深めてくれる「良い訓練」だという声もあります。