「霊感」ではなく「予測」――脳科学が暴く幽霊体験の仕組み

夜遅く、ベッドで眠ろうとしているとき、誰もいない廊下から足音が聞こえたような気がしたり、背後に誰かの気配を感じたりして、怖くなって布団にもぐり込んだことはありませんか?
こうした「見えない誰か」を感じる不気味な体験は、昔から世界中で語られてきました。
例えば、暗い森の中や廃墟などでは幽霊や精霊が出るという話がよくあり、人々はその目に見えない存在を強く感じてきました。
科学的には、この「誰かいるような気配」は「存在感覚(Feeling of Presence)」と呼ばれ、決して珍しいものではありません。
これまで、こうした不思議な感覚は霊や幽霊、あるいは何らかの超常現象が原因だと信じられてきましたが、現代の科学者たちは違った考えを持つようになりました。
彼らによると、この現象は決して幻覚や妄想ではなく、人間の脳が持つ自然な働きが生み出すものかもしれないというのです。
そのカギとなるのが、人の脳が無意識に行っている「予測処理」という仕組みです。
人間の脳は、周囲の情報が曖昧で不確かな時、過去の経験や記憶をもとに先回りして状況を予測します。
暗くて視覚や聴覚が制限されている状況では、特にこの予測機能が活発になり、存在しないはずの何かを感じ取ってしまうことがあるのです。
チェコのマサリク大学の実験宗教学研究ラボラトリー〈LEVYNA〉のヤナ・ネナダロヴァ氏は、もともと宗教的体験やスピリチュアルな現象に関心を持っていました。
世界で唯一の実験宗教学研究所〈LEVYNA〉とは?
チェコ・マサリク大学(Masaryk University)に設置された 実験宗教学研究所〈LEVYNA〉は、世界でも数少ない “宗教を実験科学で解き明かす” 専門機関です。2012 年の設立当初から「世界初の 実験宗教学 専門ラボ」を掲げており、現在も国際的にユニークな研究ハブとされています。
主な研究例としては
・悪魔や霊、魔術に対する信念が、社会規範の維持や集団内協調に与える影響を検証
・神への奉仕や儀式行動が個人の情動調整や生理反応に及ぼす影響の調査
・痛みや苦痛を伴う集団儀式の心理・生理効果、その社会的・認知的背景を調査
・感覚遮断や儀式参加など、極限状況で生じる「存在感覚」や幽霊・スピリチュアル体験の実験によって、脳の予測 処理モデルとの関連を探る研究
などワクワクするテーマに取り組んでいます。
今回ご紹介した「暗闇で誰かがいると感じる感覚」のように、脳や心と宗教・スピリチュアルな体験との接点を、実験と観察を通じて解き明かす先駆的研究機関と言えます。
彼女は以前、アイマスクや耳栓を使って視覚や聴覚を遮断する「感覚遮断実験」を行い、人が霊的な体験をするかどうか調べていました。
ところが驚いたことに、宗教的な背景に関係なく、多くの参加者が実験中に「部屋の中に誰かがいる気配がした」「誰かに見られているようで不安だった」と報告したのです。
それをきっかけにネナダロヴァ氏は、「なぜ孤独で暗い環境にいると、人は『見えない誰か』の気配を感じるのか?」という疑問を抱きました。
そこで今回の研究では「人間の内面にある不安や疑心」や「誰かが来るかもしれないという思い込み」、「個人が持つ性格や素質」という3つの要素に注目して調べることにしました。
果たして、暗闇や孤独は本当に脳を「誰かがいる」と信じ込ませてしまうのでしょうか?