寄生虫 vs. 宿主:「性を操る」驚異の進化ゲーム

寄生虫というと、どんなイメージを持つでしょうか?
なんとなく気味が悪い、不気味な生き物という印象かもしれません。
実際に自然界では、寄生虫は他の生き物の体を利用して、巧みに自分の繁殖や生存に役立てています。
中には、宿主の体を乗っ取るように操り、その生き物の形や行動まで自分の都合に合わせて変えてしまう恐るべき寄生虫もいるのです。
そうした寄生虫の代表例として、海の生き物に寄生するフクロムシという寄生性のフジツボの仲間がいます。
フクロムシは、ヤドカリやカニ、エビなどの甲殻類に寄生し、その体内に根のような細い組織を伸ばして、宿主が持つ栄養やエネルギーを横取りします。
そして、宿主が本来繁殖に使うはずだったエネルギーまで奪い取り、自分自身の繁殖に回してしまうのです。
つまり、宿主の繁殖機能を強制的にストップさせる「寄生的去勢」を行う寄生虫なのです。
しかし、フクロムシの影響は、単なる生殖機能の停止だけにとどまりません。
驚くべきことに、宿主が雄の甲殻類の場合には、その体をまるで雌のように作り変える「形態的雌化」という現象を引き起こします。
ヤドカリを例に挙げると、通常、雄のヤドカリは雌よりも大きくて頑丈なハサミ脚を持っていますが、フクロムシに寄生されると、そのハサミ脚は雌のように小さくなってしまいます。
さらには、通常は雄では痕跡的でほぼ存在しない「第2腹肢」という卵を抱えるための器官が明確に発達してくることもあります。
つまり、雄のヤドカリが寄生虫によって体の作りそのものを雌に近づけられてしまうという驚くべき現象が起きているのです。
また、他の甲殻類の研究では、フクロムシに寄生された雄のカニが、自分の子どもを世話するかのように寄生虫の卵嚢を丁寧にお手入れするような行動が観察されています。
これはまるで、寄生虫が宿主の「心」まで支配してしまったかのように見えます。
ただし、ヤドカリに関しては、まだ行動の変化は詳しく調べられていません。
本当にヤドカリの心まで寄生虫が操っているのか、あるいは単に見た目だけが雌化しているのかは今後の研究が待たれるところです。
こうした現象は以前から知られていましたが、これまでは特定のヤドカリとフクロムシの組み合わせに限った観察が主流でした。
そのため、「どの種類のフクロムシが、どのヤドカリに寄生すると、どの程度の雌化を引き起こすのか?」という点について、詳しく比較した研究はありませんでした。
そこで今回、神奈川大学、東北大学、東京理科大学、広島大学の共同研究グループは、このフクロムシとヤドカリの関係をより深く理解するために、北海道と千葉の異なる地域で見られる複数種のヤドカリとフクロムシに注目しました。
どの組み合わせでより強く宿主を雌化させるのか、フクロムシが宿主を操る力に差はあるのかを調べることにしました。
果たして寄生によってメス化の度合いは変るのでしょうか?