遺族の「良心」から進展
この物語に転機が訪れたのは、その所有者が亡くなった後のことでした。
遺族が文化財の由来に疑問を抱き、ローマの文化財保護を担うカラビニエリ(国家憲兵)に相談したことで、調査が始まります。
専門家の鑑定により、作品は本物の古代ローマ時代のモザイク画であり、おそらくヴェスヴィオ火山のふもと、ポンペイ周辺の地域に由来することが判明しました。
2023年9月には正式にその真贋と出自が確認され、2024年からは外交ルートを通じて返還準備が進められました。
そして2025年7月、ついにこのモザイクは、ポンペイ考古学公園へと引き渡されることになったのです。
返還にあたり、同公園の所長であるガブリエル・ズクトリーゲル氏は「これは傷の癒しであり、芸術が本来あるべき場所に戻った象徴的な瞬間です」と述べています。
また彼は、遺族の決断が「盗まれた文化財を“所有する”ことの罪悪感が、時を経て心の重荷になる」という変化を示していると語っています。
こちらは返還されたモザイク画の公開説明会の様子です。
このモザイク画は今後、ポンペイ考古学公園の管理下で保護され、教育・研究目的で活用されていく予定です。
単なる艶めかしい装飾ではなく、古代ローマ人の「愛と暮らし」を映す貴重な手がかりとして、多くの来訪者にその存在を語りかけることでしょう。
略奪によって切り取られた歴史は、決して完全に修復できるものではありません。
しかし、それでもなお「返す」という選択には、過去に対する真摯な向き合いと、未来への責任が込められています。
かつて盗まれた愛の物語は、ようやく故郷で再び語り始めることができるのです。