サワガニ5集団説が示す「青」の二重進化

サワガニの色と遺伝子の間にどんな関係があったのか?
謎を解明するため研究者たちはまず、日本全国からサワガニとその近縁種を集めることから始めました。
北海道から九州南部のトカラ列島までの広い範囲を調査地として設定し、合計504個体を217地点から採集しました。
これはこれまでの研究と比べて圧倒的に広い範囲と多数の標本を対象としており、日本列島の全域を網羅することを目指した初めての試みでした。
採集した個体はまず、それぞれのカニがどのような体色をしているかを注意深く記録しました。
体色は従来よく知られていた茶色型、赤色型、青色型の3タイプに加え、最近新種として注目されている天草諸島由来の「天草型」や、分類が難しいその他のタイプも加えた5種類に分け、それぞれの体色がどの地域に多く存在しているのかを地図上で整理しました。
次に研究チームは、体色の違いが遺伝的な差を反映しているのかを確かめるため、本格的な遺伝解析に取り掛かりました。
まず485個体についてミトコンドリアDNA(細胞内のエネルギー生産を司る器官の中に存在し、母親から子に伝わる特徴を持つDNA)のCOI領域という特定の遺伝子を解析し、母系遺伝の視点から個体間の関係を調べました。
さらに、特に興味深い地域から厳選した154個体については、「MIG-seq法」という最新の遺伝解析技術を使って、核DNAという細胞の核に含まれる遺伝子情報を詳しく解析しました。
この方法ではゲノム全体にわたって多数の遺伝子の違い(SNP:一塩基多型)を検出できるため、従来の一部遺伝子だけの解析よりもはるかに詳しい遺伝構造を明らかにすることができます。
さらに研究者たちは、得られた遺伝子情報からサワガニの集団がどのように枝分かれ(進化)してきたかを調べるため、「ABC解析(近似ベイジアン計算)」と呼ばれる統計的な方法を使い、各集団が分化した順序やその時期を推定しました。
こうした丹念な解析の結果、日本のサワガニは5つの遺伝的集団に大きく分かれることが明らかになりました。
この結果は、これまで示唆されていた「最大で10の集団に細分される可能性」と比べると、より明確な区分が示されたことになります。
この5つの集団は地理的に分布する地域が比較的はっきりと分かれており、四国南部と紀伊半島南東部に分布する「SHI集団」、北海道と本州北部から鳥取県、四国北西部に分布する「HO集団」、九州北部と中国地方の島根県以西に分布する「nKC集団」、九州中南部に分布する「cK集団」、そして鹿児島県南部とその周辺の離島および本州の房総半島〜伊豆半島沿岸に飛び地状に分布する「sKK集団」という5つに分類されました。
特に注目すべきは、こうした5つの集団が必ずしも単純な島や河川による隔たりを越えている点です。
例えば、HO集団は北海道と本州北部にまたがって分布していますが、北海道への進出は人間の活動を介した人為的な移動が関係している可能性が高いことが指摘されています。
一方で、sKK集団は南九州と関東南部という遠く離れた2つの地域に存在し、その中間地域には分布していないという奇妙な分布を示しています。
これは日本列島がかつてどのように形成されてきたかを考える上で興味深い示唆を与える結果です。
研究者たちは、この分布パターンが日本列島の形成過程で起きた火山の噴火や島の形成、さらには過去の海水面の変動といった地質的な出来事と関連している可能性を指摘しています。
では、実際に体色と遺伝の関係はどうなっているのでしょうか?
今回の研究で、茶色型は日本全国に広く存在する「標準型」である一方、青色型や赤色型は特定の地域に限られていることが明らかになりました。
しかし、重要なのは「同じ体色でも、必ずしも同じ遺伝集団に属するとは限らない」という結果でした。
特に、茶色型と赤色型の個体間では、ミトコンドリアDNAや核DNAの解析を通じてもはっきりとした遺伝的な違いが見つからず、体色の違いは遺伝的要因ではなく環境の影響による「可塑的変異」だろうと結論づけられています。
具体的には、食べる餌の中に含まれる色素成分(例えばフラミンゴが甲殻類を食べることで羽毛がピンク色になるのと似た原理)に影響されている可能性があるのです。
一方、今回特に研究者たちが注目した青色型のサワガニは、遺伝的に異なる2つの集団(SHI集団とsKK集団)からそれぞれ見つかりました。
これは、青い色という特徴が遺伝的に独立して2回以上、別々の系統で進化したことを意味しています。
このように、異なる系統の生き物が似たような環境に適応して同じような特徴を獲得することを生物学では「収斂進化」と呼びますが、サワガニの青色型はこの収斂進化の典型的な実例なのかもしれません。
研究者たちは、こうした青色型の遺伝的な背景に気候や環境への適応が関係している可能性があると考えています。