今話す言葉に『数千年前の気候』が刻まれている可能性
今話す言葉に『数千年前の気候』が刻まれている可能性 / Credit:Temperature shapes language sonority: Revalidation from a large dataset
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今話す言葉に『数千年前の気候』が刻まれている可能性 (2/3)

2025.07.23 22:00:57 Wednesday

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9179言語を分析して分かった『気温と声』の意外な関係

9179言語を分析して分かった『気温と声』の意外な関係
9179言語を分析して分かった『気温と声』の意外な関係 / 図は世界9179種類の言語それぞれがどれくらい「響きやすいか(ソノリティが高いか)」を色の違いで示した地図です。地図上で赤色に近いほど言語の響きが良く(母音などの響きやすい音が多い)、青色に近いほど響きが抑えられています(子音が多く、響きが控えめ)。この地図を見ると、赤道付近や南半球の暖かい地域では赤色の点が多く分布しており、つまり響きやすい言語が多く話されていることがわかります。とくにポリネシアなどの南太平洋の島々(オセアニア地域)やアフリカでは、この傾向が際立っています。逆に、北米の北西海岸(カナダから米国ワシントン州付近)では青色の点が多く、子音が連続するなど響きの少ない言語が使われていることが示されています。ただし、中央アメリカや東南アジアなど、暑い地域であっても青色(響きが抑えられた言語)の点が見られる例外的な場所もあります。こうした例外の理由として、その地域の言語の系統的な特徴や歴史的な接触などが影響している可能性があります。/Credit:Temperature shapes language sonority: Revalidation from a large dataset

果たして、この仮説は正しいのでしょうか?

答えを得るため研究者たちはまず、音が伝わる仕組みと空気の性質との関係を改めて調べました。

私たちが言葉を発すると、その声は空気の中を音波として伝わりますが、この音波は空気の性質によって伝わり方が大きく変化します。

例えば冷たく乾燥した空気では、私たちの声帯(声を出すために振動する器官)の表面が乾燥してしまい、振動がスムーズに起こりにくくなります。

すると、声帯を振動させて出す母音や鼻音などの響きの豊かな音(有声音)を長くきれいに保つことが難しくなります。

それに対して暖かい空気の場合は、高い音域(高周波数)の音をよく吸収します。

そのため、摩擦音や破擦音と呼ばれる「シュー」「シャッ」といった高い周波数を多く含む子音(無声音)が伝わりにくく、結果として「ア」「オ」など低く響く母音や、響きの豊かな鼻音などのほうがはっきりと遠くまで届きやすくなるのです。

寒冷地で暮らす人は、冷たく乾燥した空気を吸い込むのを避けるため、口を大きく開けずに話すことが多く、そのため言葉が詰まった印象になります。

一方で暖かい地域の人々は口を広く開けて発声できるため、自然と響きの豊かな母音を多用した言語になる傾向があると考えられます。

このように、音の響きやすさや遠くまで届く度合いを言語学では「ソノリティ」と呼んでいますが、研究者たちは「暖かい地域ほどソノリティの高い(響きの豊かな)言語が多く、寒冷地では逆に子音を多く含むソノリティの低い言語が多くなるのではないか」という予測を立てました。

そして、この予測を検証するため、ヴィヒマン博士ら国際研究チームは、世界規模で言語の響きと気温の関係を調べるという前例のない挑戦を始めました。

研究チームは世界各地の9,179種類にも及ぶ言語データを収めた「ASJP(Automated Similarity Judgment Program)」と呼ばれる言語データベースを利用しました。

このデータベースには、世界中のほぼすべての地域において使われている約5,293の言語(ISOという国際規格で分類されている言語数)に加え、それらの方言や地域変種まで幅広く収録されています。

研究者たちはこのデータから、それぞれの言語における単語を構成する音素(音を区別する最小単位)を調べ、それらの音素がどれだけ響きやすいかを数値化して平均した「平均ソノリティ指数(Mean Sonority Index, MSI)」という値を計算しました。

このMSIは直感的に言うと、母音の多い単語ほど響きがよく、子音ばかりが続く単語は響きが弱くなる、というようなことを数値で表した指標です。

このMSIを各言語ごとに世界地図に当てはめ、その地域の年間平均気温との関連性を詳しく調べました。

その結果、予想をはるかに超えて明確なパターンが現れました。

赤道に近い暖かな地域ほど、そこで話される言語のMSI値(響きやすさ)は明らかに高かったのです。

特にオセアニア地域(ポリネシアなどの南太平洋の島々)やアフリカの言語はMSIが非常に高く、母音を多く含む豊かで響きやすい発音の特徴が目立ちました。

逆にMSIが最も低い地域は、カナダのブリティッシュコロンビア州からアメリカのワシントン州付近にまたがる北米北西海岸に位置する、サリッシュ語族という先住民の言語でした。

この地域の言語は子音が連続して並ぶ単語が多く、響きが少なく、詰まったような発音が特徴的でした。

一方、中央アメリカや東南アジアの一部の地域では、「暑い地域にも関わらず、MSIが低い」という例外的な結果もありました。

しかし研究チームは、「いくつかの例外はあるものの、全体としては世界的にみて、平均気温が高い地域の言語ほど響きが豊かでソノリティが高いという明確な相関関係を見いだした」と述べています。

実際に統計的な分析でも、年間の平均気温が高くなるにつれて、言語のソノリティも明らかに高くなることが確認されました。

それでは、こうした世界的な傾向があるにも関わらず、一部の地域では例外が生じるのはなぜでしょうか?

研究チームはこの問題をより詳細に調べるため、同じ言語ファミリー(言語の系統的なグループ)内で比較を行いました。

その結果、言語ファミリー内では、寒冷地と温暖地の言語を比較しても響きの差がはっきりと現れないケースが多いことがわかりました。

例えば、インド・ヨーロッパ語族やシナ・チベット語族などのように、共通の祖先をもつ言語群では、気候が異なる地域に分布していても、響きの特徴があまり変化していないことがしばしば見られました。

研究チームは、これは言語が気候に適応して音が変化するには非常に長い時間が必要なため、短期間の気候変化や移動だけでは言語音が変化しにくいからだと考えました。

つまり、響きの変化が明らかに現れるには数百年から数千年もの時間が必要であり、これらの地域ではそのような時間がまだ経過していない可能性があるというのです。

こうした例外の地域では、過去の環境で形成された言語の特徴がそのまま残されているのかもしれません。

一見シンプルな気温と言語の関係ですが、その背後には長い時間と複雑な歴史が絡み合っているようです。

では、なぜ言語が気温に適応して響きを変えるには、これほど長い年月がかかるのでしょうか?

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