【まとめ】生物の体内時計、その正確さを保つ2つの鍵
今回の研究によって、シアノバクテリアが非常に多くの時計タンパク質を作ることで、細胞内のノイズ(ゆらぎ)を抑え、高い精度で24時間という周期を維持していることが明らかになりました。
これは小さな細胞という限られた空間の中で、どうやって生物が正確な時間を保つのかという長年の疑問へのひとつの答えです。
生き物の体内では、さまざまな化学反応が常に起きていますが、これらは非常に小さなスケールで起こるため、常に揺らぎ(ノイズ)が伴います。
特に、シアノバクテリアの時計はリン酸という化学物質をゆっくりと付けたり外したりする反応で周期を作り出しており、こうしたゆっくりした化学反応はノイズの影響を強く受けるはずです。
実際、もし時計タンパク質が細胞内にわずかしか存在しなければ、偶然の揺らぎによって反応が乱され、時計としての機能を失ってしまう可能性が高くなります。
しかし実際には、シアノバクテリアは非常に多くの時計タンパク質を作り出すことによって、このノイズをうまく平均化し、時計の安定性を維持しています。
言い換えれば、生物は「量を増やすことによって質(精度)を確保する」というシンプルかつ巧妙な戦略を採用しているのです。
もちろん、生物にとって余分にタンパク質を作り続けることは、余計なエネルギーや資源の消費につながりますが、シアノバクテリアはそれを支払う価値があると判断しているのです。
なぜなら、正確な24時間周期を刻むことが、昼夜のリズムに合わせて活動するこれらの生物の生存にとって非常に重要だからです。
さらに今回の研究で重要だった発見の一つに、「時計を動かすタンパク質が細胞の膜に結合することで、一部のタンパク質が時計としての働きを失ってしまう」という現象があります。
つまり、細胞内にある時計タンパク質の全てが、時計としての機能を果たしているわけではなく、膜にくっついてしまい動かないタンパク質も多く存在しているのです。
これを補うために、生物は初めから多めのタンパク質を作り、少々膜に結合して働かないタンパク質が出ても問題ないように設計されているというわけです。
これは、一見無駄に見える余分なタンパク質を作ることが、実は生物が進化の中で得た優れた戦略である可能性を示しています。
今回明らかになったもう一つ重要なポイントは、シアノバクテリアの時計が2つの仕組みで成り立っていることに関係しています。
一つは「タンパク質だけでリズムを刻む振動子(PTO)」で、これは細胞一つひとつで高精度な24時間周期を保つことができます。
もう一つは「遺伝子がオン・オフを繰り返すことで時計を調節するフィードバックループ(TTFL)」で、こちらは個々の細胞の周期の安定性にはあまり影響しませんが、細胞が集団として時計のリズムを揃える上では非常に重要な働きをしています。
どういうことかというと、一つ一つの細胞が独立して時計を刻むPTOだけでは、細胞ごとのわずかなズレが時間とともに蓄積してしまい、次第に全体の同期が失われてしまいます。
このズレを毎日修正し、集団全体の時計のタイミングをリセットする役割を果たしているのがTTFLなのです。
言い換えるなら、PTOが各細胞にとっての「時計」そのものであるのに対して、TTFLはそれらの時計を調整する「指揮者」のような存在と言えるでしょう。
この二つの仕組みが連携することで、細胞一つひとつは高い精度を持ちながらも、集団全体が調和した24時間のリズムを刻めるようになっています。
こうして見ると、たった3種類のタンパク質だけでできている比較的シンプルな時計の仕組みが、これほど高精度で24時間周期を生み出すということは、生物が長い進化の中で作り上げてきた非常に洗練された戦略であることがわかります。
生物は単純な仕組みを基本として使いながらも、ノイズを克服するためにタンパク質を余分に用意したり、集団としてのリズムを揃える仕組みを別途用意したりと、複雑で巧妙な工夫を加えているのです。
このような、生物が持つ巧みな仕組みを人工的な細胞で再現できた今回の研究成果は、生命が持つ基本的な設計原理を理解する上でも非常に重要な一歩となります。
将来的には、この人工細胞を使って、細胞の大きさが異なる他の生物がどのように時計の精度を維持しているのかを調べたり、人工的に安定した周期を持つ新たな細胞回路を作り出したりすることも可能になるかもしれません。
今回の研究で得られた知見が、より複雑な細胞システムの構築や、現実の細胞に近い人工的な生命体を作り出すための新たな研究分野にも、大きな影響を与えることが期待されています。