生物時計を模倣し、完璧な時間周期を維持できる人工細胞を開発
生物時計を模倣し、完璧な時間周期を維持できる人工細胞を開発 / Credit:Reconstitution of circadian clock in synthetic cells reveals principles of timekeeping
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生物時計を模倣し、24時間周期を再現できる人工細胞を開発 (2/3)

2025.08.01 22:00:09 Friday

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生命の時計、人工細胞で再現成功

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Credit:Tiny Artificial Cells Can Keep Time, Study Finds

シアノバクテリアが小さな細胞の中で、なぜ正確に24時間という周期を保てるのかを明らかにするために、研究チームは「人工細胞」を使った新たな実験に挑戦しました。

ここで言う人工細胞とは、本物の生きた細胞ではなく、人工的に作った細胞そっくりの構造体のことです。

これは脂質でできた小さな膜の袋のようなもので、「巨大一重膜小胞(GUV)」と呼ばれています。

大きさはおよそ2〜10マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリ)で、ちょうど本物の細胞と同じぐらいのサイズです。

次に研究チームは、試験管よりずっと細胞に近い小さな空間を持つ人工細胞(GUV)を作り、その中にKaiタンパク質を閉じ込めることで、実際の細胞の状況に近い条件で時計が動くかを調べることにしました。

具体的には、KaiA、KaiB、KaiCの3種類のタンパク質を混ぜた溶液を人工細胞(GUV)の内部に入れました。

KaiBには特殊な蛍タグを付けておき、タンパク質の動きを顕微鏡で直接観察できるように工夫しました。

このタグがついたKaiBは、KaiCと結合すると光り方が変化するため、光の強さを測定することで、時計のリズムが正しく刻まれているかを視覚的に確認できるのです。

作られた人工細胞(PTO-GUVと呼ばれます)は小さなガラス板の上に固定され、数日間にわたって顕微鏡を使って観察されました。

その結果、多くの人工細胞でKaiBの蛍光の強さが約24時間周期で規則正しく変動し、確かに時計が正しく機能していることが確認されました。

言い換えれば、小さな袋の中に閉じ込められたタンパク質が、自分自身で周期的なリズムを作り出しているのです。

しかし、興味深いことに、すべての人工細胞がこのようにうまく時計として機能したわけではありませんでした。

Kaiタンパク質の量が少ない場合や、人工細胞のサイズが特に小さい場合には、途中でリズムが消えてしまったり、最初から振動が見られないケースも多く観察されました。

このことから、時計としての機能を維持するには、ある一定以上のタンパク質量と細胞サイズが必要だとわかったのです。

実際に観察された人工細胞は、大きく分けて2種類に分類できました。

一方はきちんとリズムを刻み続ける「時計として動く人工細胞」、もう一方は「最初から全く動かない、または途中で止まってしまう人工細胞」です。

研究チームはこの現象を詳しく調べるため、「時計の忠実度(fidelity)」という指標を使いました。

忠実度は、人工細胞全体のうち、正しくリズムを刻めている細胞がどのくらいの割合いるかを表します。

例えば、忠実度が1なら全ての人工細胞が振動していることを示し、忠実度が0ならばどの細胞も振動していないことを意味します。

忠実度を計算した結果、人工細胞が小さくなったり、中のタンパク質の量が少なくなったりするほど、忠実度が明確に低下することがわかりました。

反対に、タンパク質の量が多くなればなるほど、時計として安定して機能する人工細胞の割合が高くなりました。

さらに振動が持続した細胞に関しては、その周期(約24時間)は細胞のサイズやタンパク質量にほぼ左右されないことも明らかになりました。

つまり、時計が動き出せば必ず約24時間周期を刻みますが、条件が悪いと最初から動き出すことすらできないということです。

研究チームはさらに、この実験結果を説明するために、コンピューターで数理モデル(数学的に再現したシミュレーション)を作りました。

このモデルを使った解析によって、なぜタンパク質の量が多いほど時計が安定するのか、という疑問にも答えることができました。

モデルによる解析の結果、タンパク質が十分に多くある場合は、多少のばらつきがあっても時計の仕組みが安定し、多くの細胞が正しく時間を刻み続けられることがわかりました。

一方でタンパク質量が少ないと、偶然に必要な成分が不足してしまう細胞が多くなり、時計としての機能が失われてしまいます。

こうして、実際の実験結果とモデルによる解析が完全に一致し、「細胞内で正確な時計を維持するにはタンパク質を潤沢に準備することが不可欠だ」という結論が明らかになりました。

さらに、このモデルを使用してシアノバクテリアの時計のもう一つの要素である遺伝子のオンオフによるフィードバックループ(TTFL)の役割についても分析しました。

その結果、TTFLは単一細胞の時計精度そのものにはあまり影響を与えませんが、多数の細胞のリズムを集団として揃えるためには欠かせないこともわかりました。

細胞それぞれの時計(PTO)は、個別に見ると非常に正確ですが、集団として見ると周期が4時間ほどズレることがあります。

放置すれば数日後には各細胞がまったく異なる時間を示すようになり、細胞集団としてのまとまりが失われます。

しかし、遺伝子のオンオフを司るTTFLがあると、毎日決まったタイミングで時計の状態が「リセット」されるのです。

このリセットとは、例えば朝に全ての細胞に「時計を合わせなさい」と指示を出すようなものです。

つまり、細胞集団の時間を揃えるためには、定期的なリセットの仕組みが欠かせません。

TTFLは、その役割を担っています。

TTFLが毎日周期的に働くことで、タンパク質量のばらつきや細胞間で生じたわずかなズレを補正し、全ての細胞の時計を再び揃え直しているのです。

これがTTFLの本質的な役割であり、多くの細胞が一体となってリズムを刻むために必要な「指揮棒」のような働きをしていると言えるでしょう。

次ページ【まとめ】生物の体内時計、その正確さを保つ2つの鍵

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