生物時計を模倣し、完璧な時間周期を維持できる人工細胞を開発
生物時計を模倣し、完璧な時間周期を維持できる人工細胞を開発 / Credit:Reconstitution of circadian clock in synthetic cells reveals principles of timekeeping
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生物時計を模倣し、24時間周期を再現できる人工細胞を開発

2025.08.01 22:00:09 Friday

生き物の体には「体内時計」とも呼ばれる24時間周期のリズム(概日リズム)が備わっており、睡眠や代謝などの重要な働きを規則正しく管理しています。

その仕組みは数フェトムリットルしか体積がないシアノバクテリアにも備わっており、極小の細胞内に極めて正確な時計が存在しています。

アメリカのカリフォルニア大学で行われた研究によって、この極小の体内時計の仕組みを人工の細胞で再現することに成功し、小さな人工細胞が規則正しく時間を刻むことを示しました。

この発見により、細胞内部に避けられず存在する分子のゆらぎ(ノイズ)があっても体内時計が正確に動き続ける仕組みに光が当てられました。

なぜ極小の細胞は正確な時を刻むことができたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月21日に『Nature Communications』にて発表されました。

Tiny Artificial Cells Can Keep Time, Study Finds https://news.ucmerced.edu/news/2025/tiny-artificial-cells-can-keep-time-study-finds
Reconstitution of circadian clock in synthetic cells reveals principles of timekeeping https://doi.org/10.1038/s41467-025-61844-5

微生物が見せる驚異の精度、その謎に迫る

シアノバクテリア(Synechococcus elongatus)
シアノバクテリア(Synechococcus elongatus) / Credit:Raul Gonzalez and Cheryl Credit:

私たち人間をはじめ、多くの生き物の体には、約24時間のリズムを生み出す「体内時計(概日リズム)」と呼ばれる仕組みがあります。

これは、朝になれば自然に目が覚め、夜には自然と眠くなるといった日常の生活リズムを整えているだけでなく、体温の変化やホルモンの分泌、さらには代謝活動など、体のさまざまな機能を正確に調整する重要な働きを担っています。

動物だけでなく、植物が花を咲かせるタイミングや、微生物が活動を始める時間帯まで、生物界には「時計」があらゆるところに存在しているのです。

このように生命にとって非常に重要な仕組みである体内時計ですが、その中でも特に驚くほど正確な時計を持つ生物として、シアノバクテリア(ラン藻)と呼ばれる非常に小さな微生物が知られています。

シアノバクテリアは地球上に広く存在する合成を行う細菌で、その一種である「Synechococcus elongatus(シネココッカス・エロンガトゥス)」は、わずか数フェムトリットル(1フェムトリットルは10⁻¹⁵リットル、つまり1000兆分の1リットルという非常に微小な体積)の小さな細胞しか持ちません。

この極めて小さな細胞の中に、高精度の24時間時計が備わっているというのは驚異的です。

しかもこの細胞たちは、それぞれが独立しているにもかかわらず、ほぼズレなく完璧な24時間周期を維持しており、互いに時計を合わせるための情報交換をしているわけでもありません。

動物なら神経やホルモンを介して時間を合わせることができますが、シアノバクテリアはそれなしで完全に同期した時間を刻み続けるのです。

では、一体どのような仕組みで、こんなに小さな細胞がこれほどまでに正確な時計を持つことが可能なのでしょうか。

その謎は長い間研究者の間でも明らかになっていませんでしたが、近年の研究によって、この謎を解くための重要な手がかりが見えてきました。

シアノバクテリアの体内時計の仕組みは、大きく2つの要素から成り立っていることがわかっています。

一つ目は、「転写・翻訳フィードバックループ(TTFL)」と呼ばれる、遺伝子タンパク質を作り出す働きを介した時計の仕組みです。

これは遺伝子のオンオフを繰り返すことで、リズムを調整しています。

もう一つは「ポスト翻訳型振動子(PTO)」と呼ばれるもので、これは遺伝子ではなく、タンパク質そのものが直接相互作用しあうことで時間を刻む仕組みです。

シアノバクテリアの場合、このPTOという仕組みが時計の中核を担っており、特に重要な役割を果たしています。

このPTOを構成しているのが、KaiA、KaiB、KaiCというたった3種類のタンパク質です。

シアノバクテリアの細胞内では、KaiCが「リン酸」という化学タグを付けたり外したりすることでリズムを作り出します。

KaiAはこのリン酸を付ける反応を促進し、KaiBは逆にリン酸を外す反応を助ける役割を持っていて、これらの相互作用のバランスによって、約24時間周期の振動が作られるのです。

実際、この3種類のタンパク質とATPというエネルギー物質を試験管の中で混ぜるだけで、自然に24時間の周期を持った振動(リン酸が付いたり外れたりするサイクル)が何日間も続くことが、2005年ごろに初めて発見されました。

これは生物時計の研究において画期的な成果であり、「生物の時計は非常に単純な仕組みで動くのだ」という驚きを科学者たちに与えました。

しかし、こうした試験管での実験には重要な限界がありました。

試験管内の反応は通常100マイクロリットル(10万分の1リットル)ほどの比較的大きな溶液で行われますが、これは実際のシアノバクテリアの細胞の体積(数フェムトリットル)に比べると途方もない差があります。

このようなサイズの違いによって、試験管内で観察される時計の振る舞いが、実際の生きた細胞でどのように正確に再現されているのかを直接的に確かめることはできませんでした。

さらに、本物の細胞内では、先ほど述べたTTFL(遺伝子による仕組み)とPTO(タンパク質による仕組み)が複雑に絡み合い、互いに影響を与え合っています。

そのため、それぞれの仕組みが時計の正確さにどのように貢献しているのかを正確に調べることも非常に難しかったのです。

そこで今回の研究チームは、この試験管実験の限界を乗り越えて、実際の細胞の環境に近い非常に小さな空間で、シアノバクテリアの時計タンパク質が本当に正確なリズムを刻むことができるのかを調べることに挑戦しました。

試験管ではなく、より小さく細胞に近い人工的な細胞を作り、その中で時計がどのように動くかを実際に観察することで、「生きた細胞の中の体内時計の謎」を解き明かそうと考えたのです。

このような実験を通じて、研究チームが解き明かしたかったのは主に以下の2つの疑問でした。

(1)極めて小さな細胞内の環境で、24時間周期のリズムを正確に維持するためには何が必要なのか?

(2)シアノバクテリアの時計を構成する「遺伝子が関わる仕組み(TTFL)」と「タンパク質だけの仕組み(PTO)」のうち、それぞれが時計の精度や安定性にどれくらい重要な役割を果たしているのか?

これらの疑問を明らかにすることで、生物が体内時計をいかに精巧に作り上げてきたかという生命の基本的な謎を解明できるかもしれないと期待されたのです。

研究チームはこうして、これまでの試験管の限界を超え、よりリアルな細胞モデルを作って体内時計の仕組みを調べることに踏み切ったのです。

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