がん治療に革命「mRNA汎用がんワクチン」時代への道筋
がん治療に革命「mRNA汎用がんワクチン」時代への道筋 / Credit:Canva
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がん治療に革命「mRNA汎用がんワクチン」時代への道筋 (2/3)

2025.08.26 17:00:53 Tuesday

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“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン

“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン
“敵の顔”より“非常ベル”を優先するワクチン / Credit:Canva

第三の道を行く新しいワクチンはどんな仕組みで働くのでしょうか?

ここでは順を追って丁寧に説明していきましょう。

まず、この研究のカギとなった「mRNAワクチン」の仕組みから理解する必要があります。

mRNAワクチンとは、簡単に言うと「体の細胞に特定のタンパク質を作らせるための設計図を送り込むワクチン」です。

人間の細胞は通常、DNAに書かれた情報をmRNA(メッセンジャーRNA)という物質に書き写し、それを元にタンパク質を作っています。

この仕組みを利用して、外からmRNAを体内に入れれば、人為的に狙ったタンパク質を作らせることができるのです。

実際にこの技術は、新型コロナウイルスのワクチンとして世界中で使われ、パンデミックの克服に大きく貢献しました。

ただ新型コロナワクチンの場合、mRNAがあまりに強く免疫に反応すると体に負担がかかるため、「化学的に加工したmRNA(modRNA)」を使って過剰な反応を防いでいました。

ところが今回の研究チームは、あえてこの加工をせず、自然の形に近い「非改変型mRNA(uRNA)」というタイプのmRNAを使うことを考えました。

なぜそのようなことをしたのでしょうか?

実は、人間の免疫細胞には「RNAの形を見分けるセンサー」が備わっており、加工されていないuRNAが体に入ってくると、このセンサーが「これは危険なRNAウイルスかもしれない!」と強く反応します。

その結果、免疫細胞は緊急事態を知らせる信号物質を放出します。

この物質こそが、今回の研究で重要な役割を果たす「I型インターフェロン(IFN-I)」です。

IFN-Iは、いわば体内で緊急事態を知らせる非常ベルのような存在で、ウイルスが侵入した時に免疫細胞を一斉に呼び集める役割を持っています。

研究チームはこのIFN-Iをうまく利用して、がん細胞に対する免疫の攻撃力を引き上げようとしたのです。

通常、免疫細胞はがん細胞が異物だと気づきにくいのですが、IFN-Iという非常ベルが鳴ると「体内に緊急事態が起きている!」と気づき、がん細胞が潜む現場にも集まりやすくなります。

しかし、がん細胞も簡単に倒されるわけではありません。

がん細胞の中には、免疫細胞に対してブレーキをかけることで攻撃から逃れているものがあります。

そのブレーキの正体が「PD-1/PD-L1」と呼ばれる分子です。

そこで研究チームは、すでに医療現場で使われている「免疫チェックポイント阻害薬」という薬を同時に使いました。

この薬は、がん細胞が持つブレーキ分子(PD-1/PD-L1)の働きを妨げ、免疫細胞が自由に攻撃できる状態を作ります。

つまり今回の研究は、mRNAワクチンで体内の非常ベルを鳴らして免疫細胞を一気に集め、その上でチェックポイント阻害薬によってブレーキを解除する、いわば「アクセルとブレーキ解除の二段構え」で免疫を強力に働かせる作戦だったのです。

この戦略により、免疫細胞ががん細胞を見つけやすくなる効果も確認されました。

具体的には、IFN-Iが放出されることでがん細胞の表面に「MHC-I」や「PD-L1」といった目印分子が増え、それを手がかりに免疫細胞がより正確にがん細胞を見つけ出せるようになることがわかったのです。

こうした戦略による実験の結果は非常に驚くべきものでした。

まず研究チームは、皮膚がんの一種である「悪性黒色腫(メラノーマ)」というがんを持つマウスで、このmRNAワクチンとチェックポイント阻害薬を組み合わせることで、がんが非常に強く縮小することを確認しました。

さらに驚くことに、皮膚がんだけでなく、骨にできるがんである「骨肉腫」や脳にできるがんである「脳腫瘍(グリオーマ)」など、一般には免疫細胞が効きにくい「冷たい腫瘍」と呼ばれるがんに対しても、このuRNAワクチンだけで効果を発揮することが分かりました。

具体的には、肺への転移したがん細胞の数が減ったり、生存期間が明らかに伸びたりしたのです。

これらの効果はIFN-Iが働くことによってのみ起きることも確認されました。

実際、IFN-Iの受け取り口となる「IFN-I受容体」をブロックすると、効果は消えてしまったのです。

では、なぜこのような効果が起きたのでしょうか?

ポイントは「眠っていたT細胞が一斉に目を覚ましたこと」にあります。

体内には、本来がん細胞を攻撃できるはずなのに、何らかの理由で活動を止められ、サボっていたT細胞が存在します。

しかし、このワクチンによってIFN-Iという非常ベルが強力に鳴ると、このサボっていたT細胞たちが次々と活動を開始しました。

そして最初に集まったT細胞ががん細胞を一部破壊すると、その壊れたがん細胞から新たな「がん特有の目印(抗原)」がたくさん放出されます。

すると免疫細胞は、次はその新しく見つけた抗原をターゲットにし、さらに攻撃範囲を広げてがん細胞への攻撃を続けるようになりました。

これが「エピトープ・スプレッディング(攻撃対象の拡大)」と呼ばれる現象であり、この現象も研究チームによってはっきりと確認されました。

今回の研究チームは、これらの結果をふまえて、「特定の目印を一つ一つ探し出して狙い撃ちするのではなく、免疫自体を強く目覚めさせることで、結果的にがんへの攻撃範囲が広がるという方法もある」と報告しています。

これまでのがん治療研究とは異なるこの新しい考え方は、がん免疫療法の可能性を大きく広げるものとして、世界中で注目されています。

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