生命の最初の一歩、実験室でよみがえる

研究チームは、まず「初期の地球にはどのような物質が存在したか」ということに注目しました。
約40億年前の原始地球には、現在の生物が持つような複雑な分子や酵素(たくさんの働きをする巨大な分子)はありませんでした。
そこで研究者たちは、「初期の地球に自然に存在した可能性が高いシンプルな分子」だけを使って、当時を再現する実験を計画しました。
ここで「分子」とは、いくつかの原子(炭素や水素など)が集まってできている、物質の最小の単位のことです。
研究チームが特に注目したのが「硫黄(いおう)」を含む物質です。
硫黄は、実は今の生き物にも欠かせない元素のひとつで、エネルギーを運んだり、さまざまな化学反応を助ける役割を担っています。
特に「パンテテイン」と呼ばれる分子は、現代の生物においてもエネルギーを運ぶ主役である「補酵素A(ほこうそえー)」の一部分としてとても大事です。
研究チームは以前の研究で、このパンテテインが初期地球の条件でも自然に合成できることを示しました。
今回の研究では、このパンテテインなど硫黄を含む物質(「チオール」と呼ばれます)を利用しました。
「チオール」とは、炭素や水素、硫黄を含む小さな分子のグループのことです。
これに「アミノ酸」を反応させて「アミノアシル-チオール」という特別な分子を作りました。
アミノ酸はタンパク質の材料になるとても小さな分子です。
しかし、アミノ酸はそのままではRNAとうまく結合できません。
そこで「アミノ酸を結合しやすくするための活性化分子」を使いました。
活性化分子には、NCA(アミノ酸N-カルボキシ無水物)、アミノアシル-アデニレート(ATPの仲間)、アミノニトリル(アミノ酸のもとになる分子)などが使われました。
これらの活性化分子を使い、アミノ酸とチオールを反応させることで、安定した「アミノアシル-チオール」を作り出したのです。
このようにして準備したアミノアシル-チオールを、今度はRNA(生命の設計図を伝えるリボ核酸という分子)の短い断片と混ぜ合わせました。
RNAとは、DNA(デオキシリボ核酸)と似ている分子で、生命の「設計図」の情報を運ぶ働きをします。
すると、驚くことに、特別な酵素(生体の化学反応を助ける大きな分子)や複雑な装置を使わなくても、RNA分子の末端部分にアミノ酸が自然に結合したのです。
この「結合」とは、アミノ酸がRNAの一番端っこに“ぴったりくっつく”ことを意味します。
しかもこの反応は、私たちが日常的に生活しているような穏やかな室温と、酸性でもアルカリ性でもない「中性」というやさしい条件で進みました。
これまでの実験では、活性化したアミノ酸は水の中ですぐに壊れてしまい、目的のRNAではなく、アミノ酸同士がランダムにつながる副反応が起こりやすかったのです。
たとえば、アミノ酸同士が好き勝手につながると、目的と違うバラバラな物質ができてしまいます。
ところが、今回の方法ではそのような副反応はほとんど起こらず、RNAの末端にだけピタリと狙ったように結合しました。
これは、RNA自身が持つ独特の立体構造(分子の形)がこの反応を手助けしたためだと考えられています。
次に研究チームは、「RNAにアミノ酸をのせた分子(アミノアシル-RNA)」ができた後、それらのアミノ酸同士をどのように結合させるかにも取り組みました。
ここで「アミノアシル-RNA」とは、RNAの端にアミノ酸がくっついた状態の分子のことです。
RNAにのったアミノ酸が結合してタンパク質になるには、アミノ酸同士が「ペプチド結合」という特別な結合でつながる必要があります。
ペプチド結合は、アミノ酸同士がまるで“ひも”で結ばれるように連なることで、タンパク質の鎖が作られる現象です。
そこで研究チームは、反応が起こる環境にさらに工夫を加えました。
具体的には、「チオ酸」というこれも硫黄を含む酸性の分子と、酸化剤(反応を促す物質)を加えました。
すると、RNA上にのっていたアミノ酸同士が次々とつながり、「ペプチド」という短いタンパク質の原型ができあがりました。
つまり、細胞内のリボソーム(タンパク質合成工場のような分子マシン)という複雑な装置を使わず、シンプルな化学反応だけでタンパク質合成の仕組みを再現できることが示されたのです。
このような分子の世界の出来事は、肉眼ではもちろん見えません。
そこで研究者たちは「分子の重さや構造を精密に調べることができる特別な分析装置」(たとえばNMR:核磁気共鳴装置や質量分析計)を使い、実験でできた物質を正確に確認しました。
さらに重要なポイントとして、この実験に使われたパンテテインやアミノ酸などの物質はすべて、炭素・水素・窒素・酸素・硫黄といった地球上で一般的に存在する基本的な元素でできています。
いわば「生命のレゴブロック」とも言える単純な化学物質だけで、生命につながる複雑な反応を起こせることが証明されたのです。
研究チームは、この反応が広大な海のような薄まった環境ではなく、池や湖などの狭く濃縮された環境で起きやすかったのではないかと考えています。
また論文では、こうした反応が凍結によって成分が濃くなった水溶液や、リン酸塩(生命にとって重要なミネラル)を含んだ環境で特に起こりやすくなる可能性も示されています。
これは、初期の地球が氷に覆われたり、水が蒸発して濃くなった環境で生命の最初の一歩が踏み出された可能性を示唆しています。