少女が過去を整理する「記憶の部屋」
TLは自分の記憶を「心の中の空間」に整理して保管しているといいます。
それは彼女が「白い部屋」と呼ぶ、天井の低い大きな四角い空間です。
この部屋にはファイルや棚が整然と並び、家族との思い出、休暇の出来事、友人との交流、さらには子どもの頃に集めたぬいぐるみまで、感情を伴った思い出がテーマごとに仕分けされています。
彼女は頭の中でその部屋を歩き回り、必要に応じて記憶を取り出します。
例えばぬいぐるみのひとつを思い浮かべると、それを「誰から」「いつ」もらったのかという詳細なエピソードまで一緒に呼び覚ますことができるのです。
この「白い部屋」の記憶は、ただの事実の羅列ではありません。
そこには当時の感情や景色の色合い、天候や服装といった五感の記録までもが封じ込められています。
彼女はそれらをまるで現在進行形のように再体験することができ、ときには当時の自分の視点から、ときには外部から眺める観察者の視点からも同じ出来事を見直すことができます。

一方で、学校で学んだ知識や事実は「黒の記憶」として別の領域に分類されます。
こちらは感情や具体的な映像を伴わず、教科書的な情報の集積にすぎません。
つまり彼女の心の中では、「感情を伴う鮮烈な記憶」と「意味だけの知識」がはっきりと区別され、異なる部屋に整理されているのです。
さらにTLは、記憶の中でも特に重い感情を伴うものを、専用の「感情の部屋」に隔離する工夫もしていました。
祖父の死の記憶は「感情の部屋」の中の箱にしまわれ、他に、怒りを鎮めるためには「流氷の部屋」を、問題に向き合うためには「問題の部屋」を利用するといいます。
また父親が軍に入ったときには、心の中に「兵士の部屋」が生まれたと語りました。
このようにTLの記憶世界は、単なる出来事の保管庫ではなく、感情や自己理解のための「心的建築物」として機能しているのです。