一部の人々は陰謀論に接すると特殊な脳反応を起こす
研究チームはまず、「陰謀論を信じやすい人」と「陰謀論に懐疑的な人」をどうやって分けるかというところからスタートしました。
そこで、388人の若者を対象にオンラインでアンケート調査を行いました。
質問はとてもシンプルなもので、例えば「政府は重大な秘密を隠していると思う」や「世の中で起きることには裏で誰かの陰謀がある」といった陰謀論の典型的な主張に対して、どれくらい同意するかを7段階で答えてもらいました。
そしてその回答から、「陰謀論をどれくらい信じやすいか」という数値を計算したのです。
このアンケートの結果を元に、陰謀論を特に強く信じている上位10%の人と、陰謀論に対して特に懐疑的な下位10%の人を選び、2つのグループを作りました。
次に研究者たちは、これら2つのグループに対して、「脳のどの部分を使って陰謀論や事実の情報を評価しているか」を調べるための実験を行いました。
ここで使ったのがMRIという機械で、これは脳の活動をリアルタイムで詳しく調べることができる特殊な装置です。
MRIを使うと、脳が働いている部分に多く血液が流れることを利用して、どの部分が活発に働いているかを画像で見ることができるのです。
実験では、参加者に陰謀論と事実に関する2種類の情報を見てもらいました。
全部で72本の短い文章を用意し、その半分は典型的な陰謀論の内容、もう半分はそれらの陰謀論に関連した事実情報です。
例えば陰謀論としては、「地球温暖化は発展途上国を抑えるために先進国が仕組んだものだ」とか、「新型コロナウイルスは生物兵器として意図的に拡散された」あるいは「英国のダイアナ妃は計画的に殺害された」など、よく耳にする主張を使いました。
一方、事実情報はそれぞれに対応していて、「地球温暖化は観測データに基づく現象である」、「新型コロナウイルスは今のところ人工的に作られた証拠はない」、「ダイアナ妃はパリのトンネルで交通事故によって亡くなった」といった一般に広く認められた事実を提示しました。
参加者が自然な状況で判断できるように、これらの情報はSNSの投稿のような見た目にデザインされ、また10秒間の音声でも読み上げられました。
参加者には、それぞれの文章について「この情報はどのくらい本当だと思うか」を7段階で評価してもらいました。
そして、この評価をしている間にMRIで脳の活動を詳しく測定したのです。
実験の結果はとても興味深いものでした。
まず参加者たちの回答を見ると、陰謀論を信じやすいグループも懐疑的なグループも、共通して「陰謀論よりも事実情報の方をより強く信じる」という傾向がありました。
これは当然のことにも思えますが、重要なのは次のポイントです。
陰謀論を信じやすい人たちは、懐疑的な人たちに比べると、明らかに陰謀論の方を「より本当らしい」と評価したのです。
一方で、事実情報についての評価は、両グループでほとんど差がありませんでした。
このことは、陰謀論を信じやすい人が、決して「何でも信じる」わけではなく、陰謀論という特定の内容に対してのみ、偏った判断をする傾向があることを示しています。
次に研究者たちは、MRIで撮影した脳の画像を詳しく分析しました。

すると、陰謀論を評価しているときにだけ、2つのグループで脳の活動している場所がまったく違うことがわかったのです。
この対照的な現象は専門用語で「二重解離」と呼ばれることもありますが、簡単に言えば「陰謀論に触れたときだけ脳の使い方が切り替わる」ということです。
陰謀論を信じやすいグループは、主に脳の前の方にある前頭前野の一部が活発に動いていました。
具体的には、「腹内側前頭前野(vmPFC)」と「背内側前頭前野(dmPFC)」という場所で、おでこのすぐ裏側に位置しています。
これらの領域は、「その情報が自分にとってどれくらい意味があるか」や、「本当に信じていいのか」という不確かな状態を判断するときに使われる部分です。
つまり陰謀論を信じやすい人は、陰謀論を読んだ瞬間に「自分の考えにぴったり合うか」「本当かもしれない」と迷ったり、魅力を感じたりする回路が働きやすいと考えられます。
一方、陰謀論に懐疑的なグループは、別の脳の場所を使っていました。
「海馬」と呼ばれる脳の中央付近にある部分や、「楔前部(けつぜんぶ)」という頭の内側の上の方にある領域です。
海馬は記憶の中枢として知られ、今まで自分が学んだことや経験したことを思い出して、新しい情報と照らし合わせる役割を持っています。
楔前部も、自分自身がこれまで経験したことを振り返りながら情報を吟味するときに活躍します。
陰謀論に懐疑的な人たちは、こうして自分の持つ記憶や知識を使って慎重に情報の真偽を判断していると考えられるのです。
さらに面白いことに、このような脳活動の差は陰謀論を評価しているときにだけ起きていました。
普通の事実情報を評価するときには、信じやすいグループと懐疑的なグループの脳の活動には明確な違いがありませんでした。
つまり、陰謀論を信じる人は普段から情報を適当に判断しているわけではなく、「陰謀論という特殊な情報にだけ」脳の判断の仕方が変わってしまうという特別なバイアス(偏り)を持っている可能性が示されたのです。