なぜ「短い運動」に注目が集まるのか?

運動不足が健康に良くないことは、ほとんどの人が何となく知っているかもしれませんが、実はその影響は想像以上に大きいのです。
特に現代社会では、パソコンやスマホの普及で長時間座り続ける人が増えていますが、こうした「座りっぱなしの生活」は心臓病や糖尿病など、命に関わるような病気のリスクをじわじわと高めます。
その結果として、運動不足の人は、適度に体を動かしている人に比べて寿命が短くなる可能性も指摘されています。
このように、運動不足が体に悪いとわかっているにもかかわらず、実際に定期的に運動している人は非常に少ないのが現実です。
たとえばアメリカの調査では、定期的に運動している成人はわずか20〜25%、つまり4〜5人に1人しかいないと報告されています。
その理由としては、「仕事や勉強で忙しく、運動する時間がとれない」「運動はきつくて続かない」などの声がよく挙げられます。
つまり、多くの人が「運動したほうが良い」と理解しつつも、「実際にはなかなかできない」というジレンマに直面しているのです。
では、どれくらいの運動をすれば健康を守れるのでしょうか?
これまで専門家たちが推奨していた運動は、「1回につき少なくとも10分間続けること」が目安とされていました。
しかし、この「10分ルール」には弱点がありました。
忙しい人や体力がない人にとっては、「10分連続の運動」はハードルが高く、なかなか習慣にできなかったのです。
そこで近年、専門家の考え方は少しずつ変わり始めました。
世界保健機関(WHO)の最新ガイドラインやアメリカの新しい運動ガイドラインでは、「10分連続」という条件が削除され、「短い運動でも積み重ねれば意味がある」と明記されるようになりました。
これは、つまり、「1分でも、あるいは数十秒でも良いから、少しずつ積み重ねて体を動かそう」という新しい考え方が浸透してきているということです。
しかし、ここで新たな疑問が出てきます。
それは「本当にそんな短い運動でも効果があるの?」という疑問です。
実はこれまで、1分未満という非常に短い時間の運動が健康に良いのかどうかを直接的に証明した研究はほとんどありませんでした。
その理由は、従来の研究が主にアンケート調査に頼っていたため、細かくて短い運動を正確に記録できなかったからです。
こうした問題を克服するために、近年では「加速度計」という体に取り付ける小型の機械を使い、人々の日常生活における短い激しい運動を客観的に計測する研究が始まりました。
研究者たちは、こうした日常生活で自然に行われる短時間の激しい運動を「VILPA(ヴィルパ)」と名付けました。
VILPAとは「激しい断続的生活運動(Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity)」の略称で、日常生活の中で数十秒ほど息が切れるくらい激しく体を動かすことを指します。
たとえば、「電車やバスに遅れそうになって猛ダッシュする」「階段を急いで駆け上がる」「重い荷物を持って速歩きする」「子どもと全力で追いかけっこをする」などの行動がこれに当たります。
VILPAの最大のメリットは、わざわざ運動のための時間を特別に作らなくても、日常生活の中に自然と組み込みやすいことです。
忙しい人や運動が苦手な人でも、日々のちょっとした工夫で簡単に取り入れることができるため、無理なく続けやすいというわけです。
そこで今回の研究では、このVILPAが本当に健康にメリットがあるのかどうかを、普段まったく運動をしていない米国成人を対象に調べることにしました。
具体的には、「1分未満という短い時間の激しい身体活動(VILPA)が、長期的に見た死亡リスクを下げることと関連があるかどうか」を明らかにしようと試みたのです。