バイカル湖に棲む「わが子を喰らう魚」

そんなバイカル湖の暗い深淵に棲むのが「バイカルオイルフィッシュ(ゴロミャンカ)」と呼ばれる魚です。
バイカルオイルフィッシュはComephorus属に分類され、バイカル湖固有の魚で、2種(C. baikalensisとC. dybowskii)が知られています。
この魚の最大の特徴は、体がほぼ透明でウロコがなく、死ぬとくすんだ色に変わること。
大きいもので約21cm、小型種で約16cmに成長します。
また、体重の3〜4割が脂肪(油分)で占められているという特殊な構造を持ち、英語名の“オイルフィッシュ”もここに由来します。
バイカルオイルフィッシュは、湖の浅い表層から最深部まで、あらゆる水深に生息しています。
とくに深い場所を好み、水圧の変化に強く、浮き袋(泳ぐための空気袋)を持たないため、深海魚のような適応を見せます。
目は色の識別ができず、光に敏感な構造で、暗い深淵でも獲物を見逃しません。
Baikal oilfish have translucent bodies & no scales. They are found only in Lake Baikal, Russia & grow to 21cm. Almost 40% of the fish’s bodyweight is oil. pic.twitter.com/5jOTJPyDS2
— Weird Animals (@Weird_AnimaIs) October 23, 2022
食性も特徴的です。
主なエサはカイアシ類(動物プランクトン)、ヨコエビ類、他の魚の稚魚など。
驚くべきことに、バイカルオイルフィッシュは自分の子ども(稚魚)まで食べてしまう“共食い”を日常的に行います。
これは栄養を効率的に得るための進化的戦略と考えられています。
また、バイカルオイルフィッシュは卵を産むのではなく、雌の体内で子どもを育て、2000匹以上の稚魚を一度に産みます。
多くの母魚は出産後に命を落とすことも報告されており、その一生は、まさに「自分の命をつないで終わる」ダイナミックなものです。
この魚はバイカル湖の生態系の中で重要な役割を果たしています。
バイカル湖で最も個体数が多い魚で、その総バイオマスは15万トン以上とも推定されます。
バイカルアザラシの主食でもあり、湖の食物連鎖を支える存在です。
なお、バイカルオイルフィッシュは体内に多くの油分を含むため、昔のシベリア先住民は湖岸に打ち上げられた死骸から油を採り、燃料や薬用に利用していたという逸話も残っています。