植物より10億年早く菌類が陸を支配した

菌類の進化の歴史を探るため、研究者たちはちょっとユニークな方法を考え出しました。
その名も「時間樹(タイムツリー)」です。
普通の「系統樹」というものは、生物の進化的なつながりを示す家系図のようなものですが、時間樹はその系統樹に「時計」の要素をプラスしたものです。
つまり、生物がどの時代に、どの系統から分かれていったかを詳しく時系列で示した、進化の地図というわけです。
でも、ちょっと待ってください。
そもそも、「菌類の進化の歴史」を知るにはどうすればいいのでしょうか?
化石を使えばいいと思うかもしれませんが、実は菌類は体が柔らかくて壊れやすいため、化石になるのが非常に難しいのです。
そこで登場するのが「分子時計」というテクニックです。
分子時計というのは、生物が持っているDNAの中に蓄積される小さな変化(変異)が一定の速度で起こることを利用して、その生き物がいつ頃ほかの生物から枝分かれしたのかを推測する方法です。
ただし、この分子時計にも一つ問題があります。
時計を使って時間を測るためには、時計を合わせる(校正)必要がありますが、菌類はその校正に必要な「化石記録」が極端に少ないのです。
時計を合わせる目印となる化石が見つからなければ、正確な年代を知るのはとても難しいわけです。
そこで今回、日欧合同研究チームは新たなアイデアを投入しました。
そのアイデアとは、別の菌類の系統へと偶然遺伝子が移動する「水平遺伝子伝播(HGT)」という現象を使う方法です。
これは、簡単に言えば、菌類同士の間で「遺伝子のお引越し」が起きるという珍しい現象のことです。
遺伝子というのは普通、親から子へ縦方向に受け継がれますが、ごくまれに、まったく別の種類の生物同士の間で遺伝子が横方向に移動してしまうことがあります。
これがHGT(Horizontal Gene Transfer、水平遺伝子伝播)です。
たとえば、古い菌類の系統Aから新しい系統Bへ遺伝子が「引越し」していたら、「Aの方がBよりも昔から存在していた」ということがはっきり分かります。
こうした関係が見つかると、進化の順序(どちらが古いか新しいか)が明確になるわけです。
研究チームは、さまざまな菌類ゲノム(生物が持つ全遺伝情報)を徹底的に調べ上げ、このような遺伝子のお引越しを17件も検出しました。
そして、この17件の「どちらが古い・新しいか」という情報を、数少ない化石記録と組み合わせました。
実際に使用した化石記録は27か所(合計24の枝分かれ部分=ノード)の年代データで、これとHGTの情報を使って分子時計を精密に調整したわけです。
こうして集めた情報をもとに再構築した菌類の「時間樹」から、研究チームは驚くべき結果を導き出しました。
それは、「現生のすべての菌類が共有する共通祖先」が、約14億年から9億年前にすでに存在していたということです。
ここで注目したいのは、陸上植物が地上に姿を現したのがおよそ4億7千万年前ごろだったという事実です。
つまり、この菌類の共通祖先は、私たちが知る最古の陸上植物よりもはるか昔、少なくとも5億年以上前から地球上にいた可能性が高いのです。
言い換えれば、植物が地球に進出するよりずっと前から、菌類は地上で栄えていたことになります。
これまで考えられてきたよりも、はるかに長い「菌類先行時代」があったことになるのです。
実際にこの新しい年代推定では、カビやキノコなどの「主要な菌類グループ」が約10億年前頃にはすでに枝分かれを始めていた可能性が示されています。
このことから研究者たちは、地球の各地に複数の「キノコ王国」が存在していた可能性も指摘しています。
では、菌類たちは具体的にどのような形で当時の地球環境に関わっていたのでしょうか?
研究チームは、菌類が地球環境にどのように関わったのかについても、興味深い解釈を示しています。
約10億年前の地球の地表には、まだ私たちがよく知るような植物はまったく存在していませんでした。
いわば、陸地という陸地は岩石ばかりで、どこまでも続く荒れ果てた岩の世界です。
しかし、この岩だけの世界に、実は菌類たちはすでに進出していたかもしれないと研究者たちは考えています。
さらにその菌類は一人ぼっちではなく、藻類(そうるい)と呼ばれる原始的な植物の仲間と共に地上に暮らしていた可能性もあるのです。
こうした菌類と藻類の共同生活がどんな姿だったかというと、現在の地球上でよく見られる「地衣類(ちいるい)」のような薄い微生物マットに近い状態だったと想像されています。
地衣類というのは、実は藻類と菌類がタッグを組んだ共生生物で、厳しい環境でも岩石の表面にへばりついて生きることができる不思議な生き物です。
この「地衣類」のような生物コミュニティが岩石の表面に広がることで、岩が少しずつ風化して栄養が循環し、初歩的な土壌(植物が育つ土)ができていった可能性があるわけです。
こうした菌類と藻類の関係を裏付けるヒントも見つかっています。
研究チームは約11億年前に登場したとされる菌類の共通祖先(接合菌類+子嚢菌類+担子菌類という、現在の主要な菌類のグループが分かれる前の祖先)が、藻類と何らかの相互作用(互いに関わり合うこと)を持っていた可能性を指摘しています。
これはどういうことかというと、その菌類は「PSE(ペクチン分解酵素)」という特殊な酵素を持っていたことが、遺伝子情報から年代推定されているためです。
ペクチンというのは、植物や藻類の細胞壁に多く含まれる成分です。
つまり、このペクチンを分解する能力を持つ菌類は、藻類の細胞壁を利用して生きる準備が整っていたということです。
もちろん、これだけで菌類と藻類が実際に共生していたと断定はできませんが、こうした能力を菌類が持っていたことは、両者が互いに何らかの関わりを持つ環境が整っていたことを強く示唆しています。
こうした菌類と藻類による長い下積みの時代を経て、地球の環境は少しずつ変化し、徐々に陸上植物が育つ準備が整っていったのかもしれません。
そして約4億数千万年前(4.7億〜4.3億年前)のオルドビス紀からシルル紀にかけて、いよいよ最初の陸上植物(コケやシダの祖先)が根を下ろすようになったのです。
つまり植物たちは、何もない荒地に突然現れたのではなく、すでに菌類たちが丹念に整えてきた舞台に、満を持して登場した可能性が高いというわけです。
さらに研究チームは、地球史において「退屈な10億年」と呼ばれる時代についても新たな視点を提供しています。
これまでこの10億年間は、地球環境に目立った変化がなかったため、地質学や生物学の分野では「退屈な期間」として知られてきました。
ところが、今回の研究結果をふまえると、この「退屈な10億年」こそが、実は菌類が地上に繁栄した輝かしい時代だったのかもしれないのです。
菌類は化石としてほとんど残らないため、その輝かしい時代は地層からは見えにくいのですが、実際には菌類たちがこの長い時間をかけて地球環境をじっくりと作り変えていた可能性が高いのです。
言い換えれば、地質学の教科書では「空白」とされてきたこの時代は、菌類が地上で密かに活躍し、繁栄を遂げていた華やかな時代だったとも考えられるわけです。
もしかしたら私たちが知らないうちに、この地上に菌類が築いた巨大な大帝国が存在し、それが化石にはならずにひっそりと消えていったのかもしれません。
まるで、歴史から忘れ去られた古代文明のようにですね。


























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