幼い自分を再体験すると記憶力が向上する?

記憶というのは、本当に不思議なものです。
普段は忘れているように見えても、ちょっとしたことがきっかけで急に鮮明に蘇ることがあります。
例えば、数年ぶりにアルバムをめくっていたら、自分の子供時代の写真が出てきて、その瞬間に「あ、こんなことあったな!」と、それまで忘れていた思い出がどんどん浮かんでくる。
そんな経験はきっと誰にでもあるでしょう。
また、街角で偶然耳にした昔好きだった曲を聴いて、学生時代の友達や好きだった相手の顔が鮮やかに浮かび上がったり、どこからともなく香ってきた匂いで、おばあちゃんの家に遊びに行った子供の頃の記憶がふと蘇ったりすることもあります。
とくに嗅覚は記憶を呼び起こす力が非常に強いことが知られていて、心理学ではこれを「プルースト現象」と呼ぶこともあります。
それでは、「自分自身の姿」を目の前にすることが、忘れていた記憶を蘇らせるきっかけになるとしたらどうでしょうか?
私たちはどんな出来事も、自分の体を通じて体験しています。
つまり、どんな思い出にも、「そのときの自分の体の感覚」が一緒に刻み込まれている可能性があるわけです。
このアイデアを理解するために、まず人間が持っている「身体所有感」という現象を考えてみましょう。
身体所有感とは、自分の手や足、顔などの体の一部が「これは私のものだ」と当たり前に感じられることです。
例えば、私たちは目を閉じていても自分の手を触られたらすぐに「これは自分の手だ」と気づきますね。
逆に、テレビやネットの動画で人が転んで痛がるのを見ても、自分自身は痛みを感じません。
なぜなら、その手や足を自分のものだと感じていないからです。
しかし心理学の世界では、この身体所有感が簡単に「錯覚」で揺らいでしまうことが知られています。
特に有名なものに「ラバーハンド錯覚」という実験があります。
この実験では、自分の本物の手を机の下に隠して、机の上にはゴム製の手を置きます。
そのゴムの手と自分の手をまったく同時に筆でなでると、驚くことに脳はゴムの手を「自分の手だ」と錯覚してしまいます。
言ってしまえば、「脳が手を取り違えている」わけですね。
近年では、この現象が「顔」でも起こることが発見されました。
これが「エンフェイスメント錯覚」と呼ばれるもので、自分の目の前にある他人の顔を、まるで自分の顔のように感じてしまう現象です。
たとえば、画面上の知らない顔が自分と同じ動きをしていたり、同じタイミングで顔を触られたりすると、脳はその顔を「あ、これ自分の顔だ」と勘違いしてしまうのです。
ただ、これまでの研究では、こうした「身体錯覚」と私たちの「記憶」との関係は深く探られていませんでした。
私たちが抱く子供時代の記憶は、なんとなく曖昧でぼんやりしていますよね。
特に3歳以前の出来事については、多くの人が「まったく思い出せないのが当たり前」だと考えられています。
ところが、今回の研究チームはここで大胆な発想の転換を試みました。
「幼い頃の記憶が形成されたその瞬間、私たちは今とはまったく違った体を持っていました。もし『子供だった頃の体』をもう一度体験できれば、そのときの記憶を呼び覚ますことができるのではないでしょうか?」
これが、英国アングリア・ラスキン大学の研究者、ジェーン・アスペル教授らが検討しようとしたアイデアです。
本当に、自分の子供時代の顔や体を「再び体験」することで、これまでずっと眠っていた記憶が蘇ることはあるのでしょうか?