プラナリアの驚異の再生能力の秘密が明らかに――再生の司令塔を発見
プラナリアの驚異の再生能力の秘密が明らかに――再生の司令塔を発見 / 再生中のプラナリア/Credit:Canva
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プラナリアの驚異の再生能力の秘密が明らかに――再生の司令塔を発見 (2/3)

2025.10.24 19:00:22 Friday

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プラナリアの再生は腸からの遠隔指示で幹細胞が操られている

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credit:TANQ「?」があるなら実験だ-立命館大学理系スペシャルサイト(2018)

再生の達人・プラナリアの体内では、一体どんな仕組みが働いているのでしょうか?

研究チームはその謎を解明するために、最新技術を駆使してプラナリアの体内に迫りました。

「空間遺伝子解析技術」(spatial transcriptomics)という最先端の手法を使い、再生中のプラナリア体内で、どの細胞が幹細胞の近くにいて、どのような遺伝子が働いているのかを細かくマッピングしたのです。

その結果、まず研究者の目に留まったのが、幹細胞の周りを取り巻く特別な細胞たちでした。

その一つはこれまで知られていなかった、少し風変わりな分泌細胞です。

この細胞は、細胞膜から多数の細い突起を無数に伸ばしていて、まるで手を何本も持つような奇妙な形をしていました。

研究者たちは、この巨大な細胞にギリシャ神話の「百本腕の巨人・ヘカトンケイル」をなぞらえ、「ヘカトンブラスト」というユニークな名前を付けました。

もう一つ、注目を集めたのが「腸」の細胞でした。

腸といえば消化器官であり、幹細胞の再生機能とは直接関係なさそうです。

ところが解析してみると、幹細胞の周囲には分泌細胞であるヘカトンブラストがもっとも多く、次に多かったのがなんと「腸の細胞」だったのです。

つまり、幹細胞が再生の指示を受けるかもしれない細胞として、この二種類が特定されたというわけです。

この二種類の細胞は、幹細胞に対して一体どんな役割を担っているのでしょうか?

研究者たちはまず、幹細胞に最も近く、非常に目立つ存在であるヘカトンブラストの役割を確かめることにしました。

この細胞は位置関係だけを見ると、幹細胞を守るボディーガードか付き人のようにも思えます。

もしこの細胞が幹細胞の再生能力を支えているなら、ヘカトンブラストを取り除いたときに再生能力が落ちるはずです。

そこで研究チームはRNA干渉法(RNAi)という技術で、ヘカトンブラストを選択的に減少させる実験を行いました。

ところが結果は予想外のものでした。

ヘカトンブラストを減らしても、幹細胞の活動はほとんど変化せず、プラナリアは通常通り再生を続けたのです。

再生速度にわずかな変化はありましたが、再生そのものが止まることはありませんでした。

つまり、大きくて目立つこの細胞は、「再生の黒幕」どころか、「いてもいなくてもそれほど影響しない」存在だったというわけです。

それでは、もう一つの候補である腸の細胞はどうでしょうか?

腸の細胞が幹細胞を動かす役割を担っているとは、なかなか信じがたいところです。

腸というのは栄養を消化する器官であり、幹細胞の働きに口を出す理由はないように思えるからです。

研究チームはその意外な可能性を検証するため、幹細胞の近くに存在した腸の細胞で働いている遺伝子をRNA干渉法で抑制し、その後の再生を観察しました。

その結果は驚きでした。

腸の細胞で働く特定の遺伝子を止めると、幹細胞が傷口付近に正しく集まらなくなり、再生のために必要な幹細胞の増殖スピードも明らかに遅くなってしまったのです。

腸が、幹細胞に「集まれ」「再生せよ」という号令を掛けていた可能性が示されたわけです。

では、腸がないプラナリアの欠片は再生しないのでしょうか?

プラナリアの腸管は、体の中心部を通って枝分かれしながら全身に広がっており、消化した栄養を各部位に運ぶという役割もしています。

今回の研究で明らかになったのは、腸の細胞で働く特定の遺伝子(tub-αなど)の機能を抑えると、幹細胞が上手く増殖したり適切な場所に集まることが難しくなり、再生が正常に進まなくなる、ということです。

言い換えれば、「腸が全く存在しない」場合だけでなく、「腸が存在していても腸から幹細胞へのシグナルが正常に働かない」場合にも、プラナリアの再生が上手く進まない可能性が高いと考えられます。

つまり、腸管の存在自体ももちろん大切ですが、それ以上に腸管から送られるシグナルが非常に重要だということです。

研究自体は腸を物理的に完全除去した切片は試していませんが、腸を機能的に止めるだけで再生が大きく崩れることから、腸をまったく含まない切片では再生が強く阻害される可能性が高いと考えられます。

実際、論文では幹細胞が「腸の枝」に挟まれるように分布していると表現されています。

既存の研究でも、腸の分岐形成や腸から出る物質が幹細胞の増殖・分化・再生に関わることが報告されています。

つまり腸は再生を支える「司令塔」のひとつであり、完全にない場合は再生が大きく不利になると考えられます。

少しSFっぽく言えば、腸は「再生核」とも言えるでしょう。

コラム:なぜ腸が司令塔なのでしょうか?

まず一つ目は、腸が全身に栄養を運ぶ役割を担っているからという考え方です。腸はプラナリアの体の中心に広がる分岐した管のネットワークで、全身に栄養を届けています。そのため、腸は体の各部分がどれだけ栄養を必要としているか、あるいは損傷しているかを感知しやすい位置にあると考えられています。つまり、腸から送り出される分子シグナルが幹細胞の活動を同調させる可能性があり、それをもとに幹細胞へ指令を出していると考えられます。実際、今回の研究でも、腸の細胞で働く遺伝子が幹細胞の動きを調整することが示されており、腸が遠隔で制御しているという考え方を支持する結果となっています。

二つ目は、腸が古い進化の歴史を持つ臓器であるためだ、という仮説です。動物の進化において、消化管は非常に早い段階で登場した器官の一つとされています。そのため、腸が進化の過程で全身の再生や成長を調整する役割を担い、その機能が今のプラナリアにも受け継がれている可能性があるのです。(※最近の研究では腸の他にも体壁筋なども再生する体の座標づけに関与すること報告されています)

要するに、「腸は体内の栄養や損傷の状態を把握しやすく、進化的にも古くからある重要な器官だからこそ、再生を調整する司令塔としてふさわしい位置にある」と考えられています。

研究チームはさらに、電子顕微鏡を使って細胞間の距離を正確に調べました。

すると驚くことに、幹細胞は腸の細胞と直接触れていませんでした。

両者の間には少なくとも約1200ナノメートル(およそ細胞1個分の距離)があり、接触は見られなかったのです。

また、幹細胞は近くのヘカトンブラストなどの細胞とも、細胞同士をしっかり繋ぐ「細胞間接着」をほとんど形成していませんでした。

言い換えれば、プラナリアの幹細胞は、まるでワイヤレス通信で指令を受けているように、離れた場所からのシグナルだけで動いている可能性が高いのです。

研究者らはこうまとめています。

「ヘカトンブラストのようなすぐそばにいる細胞は再生にとって必須ではなく、むしろ腸のように少し離れた場所の細胞が幹細胞の働きを制御しているのだろう」。

直接触れず、遠隔で幹細胞をコントロールするという驚くべき仕組みが、プラナリアの再生を支えているのかもしれません。

次ページ再生力を操る腸—その可能性と課題

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