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psychology

ASDの人は「ダニング=クルーガー効果」を起こさない (2/2)

2025.12.21 12:00:25 Sunday

前ページ能力の低い人ほど自分を過大評価しやすい

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なぜ自己評価が低成績で一致、高成績で過小になるのか

ここまで見てきた結果は、一見すると「自閉スペクトラム症のある人は自己評価が正確だ」と言いたくなる内容に見えるかもしれません。

しかし研究者たちは、そのような単純な結論を避け、結果の背景にある可能性について検討しています。

研究者たちは、自閉スペクトラム症のある参加者が自分の能力を過信しにくかった理由として、まず社会的望ましさバイアスの影響を受けにくい可能性をあげています。

社会的望ましさバイアスとは、自分をよく見せたいという社会における承認欲求のようものです。

ASDの人はよく空気を読めないと言われますが、その背景には、社会的に共有されている暗黙の前提や期待を、自然に読み取ることが難しいという特性があります。

これは自己評価の場面でも、「周囲からどう見られるべきか」「一般的にはここでどう答えるべきか」といった暗黙の前提が分かりづらいということを意味します。

つまり、「好ましく見える」評価というのがよくわからないので、結果的に自分の感じた手応えを正直に答えやすくなると考えられるのです。

では、高成績のときに自身を過小評価する傾向はなぜ起きるのでしょうか?

これについては、自閉スペクトラム症のある人が、曖昧な印象や感覚で物事を伝えるのが苦手で、確認できる事実や具体的な条件を重視する傾向が関係すると考えられます。

そのような思考スタイルでは、自分の成績の予測についても、割と出来たかも知れないという感覚があったとしても、それを明言しづらくなります。

結果として、「できた」と断言できるだけの根拠が十分にそろわない場合には、確実に言える範囲にとどめた、低めの自己評価として表れやすくなると考えられるのです。

この傾向はASDのメリットと言えるのか?

この研究はASDの人は正確な判断が出来るとか、分析力に優れているということを言っているわけではありません。

確かにASDの人は、ダニング=クルーガー効果の影響を受けづらい傾向は示されましたが、それによって「空気が読めない」「コミュニケーションが苦手」といった課題が消えるわけではありません。

むしろその特性が、社会においては自己アピールしづらいという新たな問題につながる恐れもあります。

研究者自身、その点については明確に釘を刺しています。

それでもこの研究が示したのは、これまで不利な特性としてのみ語られがちだった傾向が、自己評価や判断という文脈では、別の意味を持ちうるという事実です。

今回の結果では、自閉スペクトラム症のある就労者は、能力が十分でないときに過信しすぎることが少なく、能力が高い場合でも、自分を実際以上に大きく見せようとしない傾向が示されました。

それは「自信がない」というよりも、不確かな情報で勝手な判断をしづらいといえます。

一方で、職場や組織の評価は、しばしば「どれだけ自信を持って語れるか」「迷いなく断言できるか」に引きずられがちで、根拠の乏しい自信が過大評価され、慎重な意見が軽視される場面も少なくありません。

この研究は、そうした評価のあり方そのものに、疑問を投げかけています。

「できる」と断言できる人が評価されやすい仕組みは、判断の誤りやリスクの見落としを招きやすくなります。

自閉スペクトラム症のある人が示す、「空気を読まずに正論を述べる」特性は、ときに摩擦を生みますが、一方で、私たちが周囲の期待に応えようとするあまり、事実や根拠に基づいた評価視点を見失っている可能性も浮かび上がらせます。

論文では、現在の面接が「いかに自分を優秀に見せられるか」に重きを置きすぎている点にも触れ、実際の業務に近い課題やシミュレーションを評価に取り入れる重要性が指摘されています。

空気を読む力は、社会で働くうえで欠かせません。しかし同時に、空気を読みすぎていないか、評価が実態から離れていないかを、ときどき立ち止まって確かめることも、同じくらい重要なのではないでしょうか。

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