何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功!
何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功! / Credit:川勝康弘
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何も入っていない「真空の箱」で物質の性質を変えることに成功 (2/3)

2026.03.03 19:05:39 Tuesday

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真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える

真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える
真空のゆらぎを増幅し近くの物体の性質を変える / Credit:川勝康弘

何も入っていない箱を超伝導体に接触させて何が起こるのか?

答えを得るため研究者たちは、上に何も乗せられていない超伝導体と、空の箱(六方晶窒化ホウ素)が乗せられた超伝導体を用意して、違いを調べました。

すると空の箱(六方晶窒化ホウ素)下にある超伝導体では、超伝導の強さの目安である超流動密度が「少なくとも半分以下」にまで落ちていることが分かりました。

一方で、何も乗っていない部分では変化が起きていません。

ここだけ聞くと、「結局、箱そのものが超伝導体を弱くしただけでは?」と思う人もいると思います。

何も入っていない箱であっても、箱の材料が近くにある時点で、電気の環境や、わずかなゆがみが変わるのは当たり前だからです。

あるいは「六方晶窒化ホウ素が特殊で、その成分が超伝導体に特別に効いたのでは?」という疑問を持つ人もいるでしょう。

実は研究者たちも、そのような「箱そのものの影響」は最初に疑っています。

箱が近くにあるだけで起こりうる効果としては、たとえば「静電気の環境が変わる」「表面がわずかに引っぱられて、超伝導体にふにゃっとしたひずみが入る」「箱の素材からほんの少しだけ電荷が移って、超伝導体の中の電子の数や分布が変わる」などが考えられます。

箱とピアノのたとえで言えば、「箱の板そのもの」や「箱から直接飛び出した分子や電磁波」がピアノの弦を押したり引いたりしてしまったのではないか、という不安です。

そこで研究チームは、六方晶窒化ホウ素と静電気的な性質がよく似た別の結晶を用意し、同じように超伝導体の上に乗せて比較しました。

しかしその結果、その別の結晶を乗せたときには、超伝導の強さはごくわずかにしか変わりませんでした。

再度、箱とピアノの例にたとえれば、箱の木材部分を「ヒノキ」「クヌギ」「カシ」「マツ」と変えてみても、超伝導という“音の出方”にはほとんど差が出なかった、という感じです。

そこで研究者たちは、「箱の材料そのもの」よりも、「空箱の中身にあたる部分」に注目しました。

といっても、そこにあるのは真空です。

しかし先にも述べたように、真空は完全な“無”ではありません。

その内部には、量子レベルのごく小さなゆらぎが常に存在しており、電気のゆらぎもその一部です。

六方晶窒化ホウ素という箱の中で、この電気のゆらぎがどのように揺れているかを理論と実験で調べると、ある決まった周波数(ゆれの速さ)の揺れだけが、箱の中で特に強く閉じ込められ、その結果として箱のすぐ外側、つまり超伝導体との境目付近に強い電場(電気の力の場)が現れやすいことが分かりました。

さらに、この特別に強くなる揺れの周波数が、なんと有機超伝導体の分子の揺れ方(炭素どうしの結合が伸び縮みする動き)と、ほぼ同じだったのです。

そこで研究者たちは、「六方晶窒化ホウ素の内部で強くなった特定の電気の揺れが、境目を通じて超伝導体の分子振動に影響を与えているのではないか」という仮説を立て、その仮説にもとづいてシミュレーションを実行しました。

その結果、この特定の揺れを加えると、超伝導体側の分子振動の山が二つに分かれるという変化を起こし得ることがわかりました。

こうした分子振動の変化は、電子の流れる仕組みに影響しうるため、実験で観測されたような「超伝導の強さが弱まる」という現象の有力な原因の一つになっている可能性があると研究者たちは考えています。

では肝心の箱の中の電気的なゆらぎは、本当に「真空のゆらぎ」由来なのでしょうか?

「どうせスマホの電波とか、Wi-Fiとか、外から飛んできた電波が箱の中にたまっただけでしょ?」と感じる人もいるかもしれません。

でも、今回の実験で問題になっている「電気のゆらぎ」は、そういう日常的なノイズとは別物です。

実験は、外からの光も電波もできるだけ入らないように、超低温の装置の中で行われています。

スマホの電波どころか、室温の熱の揺れさえ、ほとんど届かないようにしているわけです。

それでもなお、六方晶窒化ホウ素の箱の中には「揺れ」が残っています。

量子論で言えば「エネルギーをまったく入れていなくても、ゼロ点ゆらぎとして必ず少しは揺れている」という表現になります。

先にも述べた「真空は無ではなくゆらいでいる」という考えです。

つまり、箱の中の揺れは、「外からあとで流れ込んできた電波」ではなく、「場そのものが“標準装備”として持っている最低限の揺れ」と見ることができます。

六方晶窒化ホウ素が特別なのは、このゼロ点ゆらぎを、ある周波数だけ極端に偏らせ「このリズムの揺れだけは、箱の中で何度も跳ね返して強めます」という、偏ったコンサートホールのような性質を持っているからです。

そうすると、その周波数の真空ゆらぎだけが、箱の中で他の周波数よりもずっと大きな振幅を持つようになり、その「影響」が箱のすぐ外、つまり超伝導体の表面付近まで染み出してきます。

これが、有機超伝導体の分子の揺れとリズム的にぴったり合っていたために、電子のペアが動きやすい状態が崩れ、超伝導の強さが弱くなったと考えられるのです。

つまり六方晶窒化ホウ素は特定の周波数(ゆれの速さ)に特化した真空ゆらぎの増幅装置のようなものであり、その増幅された電気のゆらぎが微かな電磁的な偏りを生み出し、超伝導体の性質(強さ)を変えてしまった――と研究者たちは考えています。

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