キレたコマ磁石は「もう一方の妥協案」へ飛び移る

下を優先すれば横が悲鳴をあげ、横を優先すれば下が悲鳴をあげる。
どちらの声も無視できません。
まるでどこかで聞いた話が上の板のコマ磁石たちに起こります。
そしてある瞬間コマ磁石たちが「キレ」ます。
両方の要求が限界まで蓄積すると、どこかの瞬間、「妥協した向きはもう無理」という感じで、コマ磁石はパチリと音を立てる勢いで、それまでとは別の向きへ急に飛び移ってしまうのです。
たとえば板がスライドし始めた直後、コマ磁石はたとえば下を優先する向きで踏ん張っているとします。
板が進むにつれて下からの要請がじわじわ変わっていき、その向きで踏ん張るのがどんどんしんどくなっていく。
そして、もう本当に耐えられないという瞬間が訪れたとき――コマ磁石は下を優先する向きを諦めて、もう一方の妥協案である「横を優先する向き」へ、パチリと音を立てる勢いで一気に乗り換えるのです。
人間的に例えれば、上司からの圧力と同僚からの圧力の両方がある状況で、環境全体(板全体)の移動に合わせて、上司の意向を一切無視して、同僚への対応だけに振り切る感じです。
この急激な不連続なジャンプが、板のスライドにあわせて次々と、上のコマ磁石たちのあちこちで繰り返されていくことになります。
このとき、なめらかな調整とは比べものにならないほどのエネルギーが、一気に熱として逃げていきます。
これは「単に勢いよく動いたから熱くなった」というものではありません。
コマ磁石を無理な姿勢に押しとどめるために、上の板を動かしている手は少しずつ余計なエネルギーを使っています。
ではそのエネルギーはどこへ消えるかというと、消えていません。
コマ磁石のなかに少しずつ蓄えられているのです。
もしこの解放がゆっくりと行われるなら、貯金されたエネルギーは丁寧に手のひらに返ってくるはずです。
ばねを縮めた手をゆっくり戻していけば、ばねに貯めたエネルギーは差し引きゼロできれいに返ってくるのと同じことです。
ところが、パチリの一瞬はあまりにも速すぎます。
上の板を動かしている手が「お、エネルギーを返してもらえるな」と受け取る暇もないまま、コマ磁石は新しい向きまで一気に跳んでしまうのです。
受け取り手のいないまま解放されたエネルギーは、行き場を失って、コマ磁石を支える軸まわりのわずかな摩擦に注ぎ込まれます。
そしてその摩擦は、その場であっという間に熱として散ってしまうのです。
あるいは、カチッと跳ねるタイプの古い電灯のスイッチを思い浮かべてもいいでしょう。
レバーをじわじわ押していくと、最初は手応えがあって動きませんが、ある角度を超えた瞬間、スイッチは手の制御を離れて勝手にカチンと反対側へ倒れます。
あの「勝手に動く感じ」こそ、内部のばねに貯まっていたエネルギーが、手の手綱から外れて一瞬で解放されている瞬間です。
だからこそ、ゆっくり押しているのにある瞬間からは”自分の手では止められない動き”になるのです。
物理学ではこの現象を「ヒステリシス」と呼びます。
今回の論文の中でも、まさにいま説明した「我慢→蓄え→パチリ→解放→熱」のサイクルを指す言葉が使われています。
これで、「触れていないのになぜ摩擦が生まれるのか」の答えがようやく見えてきました。
触れていない2枚の板の間に熱を生み出していたのは、磁石同士が引き合う力そのものではなかったのです。
引き合う力自体は、ばねのように行きと帰りで差し引きゼロになり、熱にはなりません。
また、コマ磁石がなめらかに向きを変えているだけでも、熱はほんの少ししか生まれません。
熱を本当にまとめて生んでいたのは、上のコマ磁石たちが抱え込んだ下からの要請と横からの要請の矛盾でした。
その矛盾のせいで、コマたちは板がスライドするたびに「じわじわ我慢して、限界でパチリと飛び移る」という不連続な動きを繰り返さざるを得ず、その飛び移りの一回一回がまとまった熱を生み出していく。
その熱の積み重ねこそが、上の板を動かす手から奪われ続けていた”戻ってこないエネルギー”の正体だったのです。
磁石の引き合いという、昔から誰もが知っていた単純な現象。 その陰に隠れて、引き合いの組み合わせが矛盾を抱えた瞬間にだけ顔を出す、まったく別種の力が静かに働いていた――それが、コンスタンツ大学のチームが今回明らかにした「触れていない摩擦」の中身でした。



























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