これが摩擦なのか?

ここまで読んできて、こう感じた方もいるのではないでしょうか。
「触れていない、削れない、すり減らない、ギザギザもない――それを果たして”摩擦”と呼んでいいのだろうか?」と。
ところが物理学者にとって、彼らがある現象を摩擦と呼ぶかどうかを決めるとき、見ているのは「こすれ合っているかどうか」ではありません。
見ているのは、動かそうとする力に逆らっているか、そして動かしたぶんのエネルギーを熱として失わせる現象かどうか、という2点だけです。
この見方からすると、今回の場合の判定もとてもシンプルになります。
動きを邪魔してくるか? <はい>
動かしたエネルギーは熱になって戻ってこないか? <はい>
だったら、それは摩擦です。
素材が何でできているか、表面がどうなっているか、そもそも触れているかどうか、といった事情はすべて二次的な問題で、本質はこの2つの条件を満たしているかどうかにかかっています。
今回コンスタンツ大学のチームが見つけた現象は、この2つを完璧に満たしています。
だから物理学者たちは、ためらいなくこれを”摩擦”と呼んでいるのです。
実は、こうした「触れていないけれど摩擦と呼ばれているもの」は、今回が初めてではありません。
物理学の世界には、昔からそう呼ばれてきた仲間が何種類もあります。
たとえば、銅の板のそばで磁石を動かすと、不思議な抵抗を感じて止まろうとします。
銅は鉄ではないので、磁石にくっついたりはしません。
なのに磁石を動かしてみると、まるで水あめのなかを動かしているかのような、ねっとりとした抵抗を感じるのです。
ここでもう一度、2つの条件を当てはめます。
動きに逆らっているか? イエスです。
手のなかの磁石は、銅板に近いところを動かそうとすると、はっきりと「動かしにくい」と訴えてきます。
エネルギーは熱になって戻ってこないか? これもイエスです。
磁石を動かし続けていると、銅板はじわじわ温かくなっていきます。
手を離して銅板から熱を回収しようとしても、もう手遅れで、温度は空気中へ散っていきます。
これも立派な摩擦の一種として教科書に載っています。
渦電流による摩擦と呼ばれていて、新幹線や電車のブレーキの一部にも応用されている有名な現象です。
さらに天文学の世界では、銀河のなかを進む星が周囲の重力にひっかかって減速していくタイプの「摩擦」が知られています。
たとえば、ある星が銀河のなかを進んでいくと、その星の重力にまわりの星たちが少しだけ引きずられ、進んできた方向の真後ろにわずかに集まる、という現象が起こります。
後ろにかたまった星たちは今度は逆に、進んでいる星を重力で引き戻すように働きます。
結果として、進んでいる星はまわりの重力に引っかかってじわじわ減速していくのです。
ここでも条件を当てはめましょう。 動きに逆らっているか? イエスです。
進もうとする星に対して、まわりの星たちが重力で引き戻すようにブレーキをかけています。
エネルギーは戻ってこないか? これもイエスです。
減速したぶんのエネルギーは、まわりの星たちのランダムな動き――専門的には熱と同じものだと考えてかまいません――として星団全体に散らばっていき、もとの星には二度と戻ってきません。
これも物理学の世界では、れっきとした摩擦として扱われています。
力学的摩擦という名前があって、銀河の進化を計算するときには欠かせない概念になっています。
素材が水でも金属でも星でも、こすれ合っていてもいなくても、近くても遠くても、「動きに逆らう+エネルギーを熱として失わせる」という2つさえ満たせば、物理学者はそれを摩擦と呼んでいるということです。
私たちが「摩擦」と聞いて頭に浮かべるのは、たいてい靴底と地面のような場面ですが、実は物理学の側はもっとずっと広い意味でこの言葉を使ってきました。
今回コンスタンツ大学のチームが見つけた「磁石の板ばさみが生む熱」も、その長い系譜のいちばん新しい仲間として、列記されることになったのです。



























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