磁石の”引っ張り合い”と”摩擦”はまったく別物

「触れていない摩擦」を実証するため、研究者たちは2枚の板を用意しました。
この2枚の板には磁石が仕組まれています。
「なんだ結局は磁石の話なのか?」
「N極とS極が引きあって抵抗したのを『触れない摩擦』なんて大げさな言葉で言っているだけなのでは?」
と思うかもしれませんが、違います。
物理学では、磁石同士の単純な引き合いや反発は「ばねと同じ仲間の力」に分類されます。
ばねは押せば反発しますが、押すのをやめれば元に戻り、ためた力はすべて押した人の手に返ってきます。
差し引きゼロ。
エネルギーは失われません。
ところが摩擦はまったく違います。
辞書を机の上でこすれば手は熱くなり、そのぶん運動エネルギーは熱として消えていく。 元には戻せません。
一方通行でエネルギーが流れ去っていく、それが摩擦の本質です。
両手をこすり合わせると摩擦により摩擦熱が発生し、その熱は空間に逃げていきます。
こすり合わせるために使用したエネルギー(疲れ)を取り戻すには、空間に逃げた熱をすべて回収するという、ラプラスの悪魔じみた不可能を超えなければなりません。
しかし反発する磁石を押すために使用したエネルギーは、磁石の反発による押し戻しによって全てキレイに跳ね返ってきます。
もし今回観測された抵抗が単なるN極とS極の引き合いにすぎないのなら、力はきれいに返ってきて差し引きゼロになるはずです。
しかしそうでなく、板を動かすのに使用したエネルギーが熱として逃げ続けるなら、それはもう、磁石の単純な引き合いでは説明がつきません。
研究者たちもこの点には十分注意して、実験を組み上げました。
まず使用した2枚の板にはそれぞれ工夫が込められています。
下の板には小さな円柱形の磁石が格子状にびっしり固定され 向きも位置もピクリとも動きません。
一方で、上の板にも同じように磁石が並んでいますが、こちらの磁石は1つ1つが金属の軸に刺さっていて、コマのようにクルクルと向きだけを自由に変えられる仕組みになっています。
次にこの2枚を、磁石同士は触れないよう少し浮かせた状態で、上の板を横方向へゆっくりとスライドさせていきます。
すると上の板と下の板の間には磁石が引き合う力がしっかり働いており、板を動かそうとすれば、その引き合いと向き合う形で確かに力が必要であることがわかりました。
「やっぱり摩擦じゃなくて磁石の話では?」
と思いたくなりますが、そうではありません。
ここを理解する鍵は、「動かすのに使った力は、そのあとどこへ行くのか」という問いにあります。
先に述べたように、磁石の引き合いや反発は、触れたとおり、ばねと同じ仲間の力であり、縮めるときに使ったエネルギーは、手のひらを押し返す形できれいに返ってきます。
エネルギーは一時的に磁石やばねに”預けられた”だけで、最終的には差し引きゼロに戻るのです。
では今回の実験ではどうだったのか。
研究者たちは上の板を前に動かし、同じ経路を使って元の位置まで戻す、という往復運動を7周期ぶん繰り返しながら、力を測定するセンサーで一瞬ごとの値を記録しました。
もし板の間に働いているのが磁石の引き合いと反発だけなら、行きで消費されたエネルギーは帰りに同じ額だけ返ってきて、一周ぶんの差し引きはゼロになるはずです。
ところが実際に起きたのは違いました。
往復させるたびに、どうしても埋まらない”消えたぶん”が残ったのです。
行きに使ったエネルギーの一部が、帰りに戻ってこない。
板はまったく触れ合っていないのに、エネルギーは確かに熱として周囲に逃げていき、二度と返ってきませんでした。
そこで研究者たちはこの消えたぶんを精密に計算してみました。
すると使用した力の行き先を「ばねのように往復で釣り合う力」と「一方通行で熱に変わっていく力」の2つに分けて取り出すことに成功しました。
後者こそが、今回発見された「触れていない摩擦」の正体です。
前者――つまり磁石同士の単純な引き合いや反発――は昔から知られている現象で、物理学者にとっては新しさのない話です。
驚くべきだったのは、そのよく知られた引き合いの陰に隠れて、往復すると熱になって逃げていく力が静かに紛れ込んでいた、という事実でした。
ではその”消えたぶんのエネルギー”は、具体的に何に変わったのでしょうか。
熱に変わったのは間違いありませんが、その熱はどこで生まれたのでしょうか?



























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