呼び名は変わった。給料は変わらなかった

この「安値を正当化する言葉」という見立てを、思いがけない形で試した出来事がある。
2020年、感染症が街を止めたとき、それでも止められない仕事が残った。
スーパーのレジ、配送、清掃、介護、ごみの収集。
社会はそれらを「エッセンシャルワーカー」——欠くことのできない働き手——と呼び直し、世界の各地で拍手が送られた。
「誰にでもできる簡単なお仕事」は、一夜にして「社会に不可欠な仕事」になった。
仕事の中身は何ひとつ変わっていない。
変わったのは呼び名だけである。
では、値段はどうなったのか?
国際労働機関(ILO)が2023年にまとめた報告書によれば、こうした基幹的な働き手の賃金は他の労働者より平均26%低く、その差のうち学歴や経験の違いで説明できるのは3分の2までだという。
呼び名がこれほど動いても、値札はほとんど動かなかった。
「簡単だから安い」という説明が、ここでも揺らぎはじめる。
説明のつかない残りに、もう一歩踏み込んだ研究がある。米国の社会学者イングランドらは、同じ人たちの賃金を若いころから長期間追いかけた(Social Problems誌、2002年)。
すると、同じ人が、同じ学歴と経験のまま、保育や看護、介護のように人を世話する仕事へ移っただけで、賃金は下がっていた。技能が減ったわけでも、怠けたわけでもない。
仕事の種類そのものに、割引が貼りついていたのである。
では、その割引はなぜ起きたのか?
その理由の1つがどれだけ「代わりがいるか」と見なされているか、である。
しかし多くの人はその「代わりがいる感」を、フィーリングで決めていないだろうか?


































