選んだ仕事、辞めれない仕事

ここで一つ、当然の反論に答えておきたい。
その仕事は、本人が選んだのではないか。
求人に応募し、契約書に署名したのは本人ではないか——その通りである。
ただし、選んだことと、続けるしかないことは同じではない。
近くに別の求人がない、よそへ移る引っ越し費用がない、新しい技能を身につける費用がない。
この状態で示された条件は、選べる条件ではなく、飲むしかない条件である。
不満があっても、辞めるという選択肢が事実上使えない「働かされる」状態だ。
その費用の存在を知っている雇い主は、賃金を相場よりいくらか低くしても、働き手が逃げないことを知っている。
この状態を経済学は「買い手独占」と呼ぶ。
町に会社が一社しかない場合でも、求人が十件並んでいても、勤務時間、場所、資格、身体の負担がそれぞれ違えば、その人にとって本当に乗り換えられる仕事は、ほとんど残らないからである。
この見立ては、数字でも確かめられている。
経済学者のソコロワとソレンセンは、世界中で繰り返し測られてきた一つの問い——賃金が少し下がったとき、働き手は実際にどれだけ職場を去るのか——について、53の研究に散らばる1320件の測定結果をまとめて見直した(2021年)。
多くの研究が示していたのは、働き手は賃金が下がっても思うほどには去らない、という結果だった。
満足しているからではない。
今の仕事を辞めて転職する賭けのリスクやコストが少なくないからだ。
そして去られない働き手に対しては、雇い主の側に賃金を決める余地が生まれる。
もちろん、世の低賃金がすべてこれで説明できるわけではない。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
「嫌なら辞めればいい」は、合理的な言葉ではなく理想論に近い。
辞めた次の日により良い仕事が自動で決まるような環境や、辞める費用をゼロと数えた人の「感想」である。
断っておくが、私は共産主義者ではない。
むしろ過激な資本主義者を自認している。
それにマニュアルを軽視してもいないどころか、マニュアルの信奉者である。
マニュアルは品質と安全を支え、初めて働く人の足場になる。
そんな資本主義者でマニュアル主義者だからこそ「誰にでもできる」「完璧なマニュアルがある」「いくらでも代わりがいる」「だから最低賃金でいい」という偽りの理論のピラミッドが大損を招くことを自覚しているのだ。
歪んだ理論の上に居座る歪んだ値段が経営者的に「安価」ならば、一時的には特に思えるだろう。
だがそれは一時しのぎにはなっても、勝ち続ける道具にはならない。
むしろ続ければ基礎体力を削り、無能をのさばらせ、上層部を腐らせる毒になる。
マニュアルがあれば高給な人材は要らない、という錯覚も大損を招く。
マニュアルの項目と項目のあいだをスムーズに滑り、マニュアルの最初の一行の手前と最後の一行の先まで見える人材を、見つけて手放さなかった側だけが勝つからだ。
なによりこの2つの偽装が重なったとき何が起きるかは、歴史がすでに見せている。
未経験でも問題ない、簡単な後方勤務だ、倉庫の警備だと告げられて集められ、最前線で「誰でも代われる」存在としてすり潰されていった兵士は、古今の戦争に繰り返し現れる。
そして、マニュアル通りの戦術を機械的に繰り返すのは、たいてい負けが込んでいる側である。
募集の言葉が中身を偽り、人が交換可能だと思われるとき、いちばん安く使い切られる。
時給の話と戦場の話は、規模がちがうだけで、同じ一つの言語操作の上にある。
「誰にでもできる簡単なお仕事です」
ここまで読んだあとでは、この一行は別のものに見えるはずだ。
誰にでもできる仕事はない。ただ、誰かがやらなければ今夜の街が回らない仕事が、「誰にでもできる」という偽りの文言で、法の定める下限の値段で募集されているだけだ。
そしてこの問題は最低時給で働く人々だけの話ではない。
自分の月給をひと月の労働時間で割ってみたことはあるだろうか?
そこに現れる時給を、あなたは自分で決めただろうか?
最低賃金で働く人とそうでない人を分けているのは金額の差であって、基礎原理の差ではない。
参考文献
Ehrenreich B. Nickel and Dimed: On (Not) Getting By in America. New York: Metropolitan Books; 2001.(曽田和子訳『ニッケル・アンド・ダイムド——アメリカ下流社会の現実』東洋経済新報社、2006年)
International Labour Organization. World Employment and Social Outlook 2023: The Value of Essential Work. Geneva: ILO; 2023.
England P, Budig M, Folbre N. Wages of virtue: the relative pay of care work. Soc Probl. 2002;49(4):455–473.
Leidner R. Fast Food, Fast Talk: Service Work and the Routinization of Everyday Life. Berkeley: University of California Press; 1993.
Hochschild AR. The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. Berkeley: University of California Press; 1983.(石川准・室伏亜希訳『管理される心——感情が商品になるとき』世界思想社、2000年)
Sokolova A, Sorensen T. Monopsony in labor markets: a meta-analysis. ILR Rev. 2021;74(1):27–55.
























よい記事だった。
まったくもって。
ら抜き言葉で平然と記事を書く人がいるくらいだからやっぱり誰でもできる仕事はあるんだろうなって
自分には当然のことをことごとしく書いてるだけに見えたな。
例えば、「誰にでもできる」が言葉通りの意味ではないどころか、そんなことはあり得ないのは当たり前じゃん。
そして恐らく元ソースの主張とはズレており、肝心の事が抜けてる。これはナゾロジーアルアルだがw
元ソースにはあったであろう具体的な数値が欲しかった。給与の上下に付随する離職率の動きとか、時給の上下や景気(例えば求人率)の上下でそれがどのように動くかとか。
わざわざそんなこと指摘して人に嫌味言わないと気がすまないの?控えめに言ってやばいよw
ら抜き言葉がどうって20年ぶりぐらいに聞いたな
受動と可能を分けた現代言語の進歩で大体落ち着いたのに未だに言う人がいるとは驚きだ
日本においての外国人労働者と日本人労働者の賃金格差は企業の利益?
下水処理場の夜勤の合間に読みました。
休憩室でひとり、少し涙が出そうでした。
AIで書いたように感じる文章だった
書き手の強い想いが伝わってくる、心に響く記事(人によって良い響きか悪い響きかは異なるだろうけれど)でした。
ただ、ナゾロジーの比較的客観的な心地よさみたいなものが失われていて、それはナゾロジーにとってマイナスになることかもしれない。
コンビニ店長です。
コンビニの仕事は誰にでもできると思ってます。ただし、この「誰にでも」というですが、(日本で生活する上で必要最低限の身だしなみ、社会性、マナーなどを持ち合わせている方ならば)誰にでも、です。その辺を感じられない募集者は落としますし、最低限の身だしなみがしっかりしていて日本語で会話がスムーズに進むならば、誰でも採用してます。
給料の高い安いは仕事の成果による責任の重さに比例するものと思ってます。コンビニの仕事で誰かの人生が変わるということは滅多にありません。一方、高給とされる医者や弁護士、政治家などはその仕事の成果によって誰かの人生を左右するものです。だから、その仕事につくのに多くの知識やスキルが求められ、誰にでも務まるものではない。
そういった観点で考えると、介護の仕事に関しては、たしかに給料は安すぎると思いますね。
それは日本で生活する上での必要最低限ではなく、「コンビニ店長としてのあなた」が店員に求める必要最低限…
でも、いろんな事情のある人にも働く機会を提供して下さって感謝しています。ありがとうございます。
世の中には身を粉にして働いても、ずっと薄給で貧しいままの人もいるし
PCの前に座ってるだけで何倍も高い給料を貰う人もいる
結局ね
親も学校も将来こういう職業(薄給エッセンシャルワーカー)しか選べない人間にならない為に「勉強しろ」「いい学歴を身に付け、いい会社に入れ」と言うんだよね
何だかんだと社会は変わったというけれど、五十年以上何も変わってない
噂のフィジカルAIがこれらの仕事を本当に肩代わりする時代が来たら、何か変わるんだろうか
それともやっぱり社会の底辺で薄給で働き続ける人たちの存在は変わらないままなんだろうか
働いたら負け
有名な言葉だけど
そう感じる
若者がトクリュウに応募し刑務所が楽園となり
社会が崩れる時が来るのでは?
お盆にいい記事だった。
つまり、使い捨てなんだな。
ぶっちゃけどんな仕事も誰でも出来ると言えば出来るだろうけど給料高い人と安い人では質が違うんだよな
問題は上の人間が安い給料でもマニュアルさえちゃんとしていれば高い給料の人間と変わらない質を提供出来ると思ってたりしてるし
でも日本だと成り立っちゃってる所が怖い…昔食べ放題のチェーン店に行ったけど、店は綺麗で接客はフレンドリーでしっかりしていて尚且つ料理も美味、トイレにスタッフ募集のチラシが貼ってあって確認したらほぼ当時の最低賃金…
コンビニでも接客ちゃんとしていないと文句言われたりするし。
どこぞの警備員がそれ以上の賃金を貰っていないと言って絵画が盗まれてしまったが海外だと労働者側の考え方は違うぽいな
4ページ読んで
底辺労働は入ったら抜けられないんだよね
以外の情報はなかった
しかも「試しに入ってみた」人の話だ
そんなのみんな知ってるし毎日見てるよ
知りたいのはではどうするかだよ
自分は何億年掛けてもおそらくスマホなんか作れない
それをほんの1週間タイミーで働いただけで購入できるんだって考えると最低賃金の仕事も割が良く思えてくるかもしれない
その理論だとだいがいしゃのCEOでも最低賃金でオーケーですね
たぶん現代の地球に現代のスマホやパソコンを鉱石採掘から初めて一から十まで
全部自分で作れる人は存在しないので
まあ今の日本市場には交換不可能な価値を持つ高スキル人材が居ないから手遅れなんだけどね。これからさらに労働力を他国に安く買い叩かれる時代が来る。
結局何が主張したいのかがよく分からない。
ただそこにあるものを話しただけで筆者はどうしたいのかが全く出てきてないよ。
現実を論じた上でそれになにを思うのか書かないと。
ただ「誰にでもできる仕事」という標語に異を唱えたいの?
そりゃ「日本国民の最低下の教養レベルで業務遂行にあたって最大公約数的に多くの人が遂行できる仕事の内の一つ」とかが正しく言い表すならなるかもだけど、そんなもん長ったらしい上に小難しくて多くの人が理解できないじゃない?
貴方みたいにインテリ入ってる人から見たらおかしい言葉だと思うんだろうけど、あくまでもこの言葉のターゲットはそこじゃない気がしますよ。「誰でも」という言葉を素直に受け取れる人のために生まれた標語なんです。
本当クソ記事で、日本人の仕事力の底力をどんどん下げようとしているとしか思えない。何でこんな記事載せるのか、日本を、日本人をどんどん衰退させようとする反日の仕業だと思う。
モヤモヤしてたものをちゃんとわかるように言語化してもらえててよかった。
もっと早くわかっていれば、言葉や表現の本当の意味に気がつけて、今とは違う道に進めていたかもしれない。だいぶ遅いけど、これから行きたい方向に進めるように頑張ろう。
「日本の」「最低賃金の求人」に
>面接で数人を比べ、一人を選び、残りを断る。
>ときには「まともな奴が来なかった」と、採用ゼロのまま募集をかけ直す。
こんな選り好みできる事態は起こらないし、最低賃金でも落とす「まともじゃない奴」は求人に応募する能力すらない。
著者が「過激な」資本主義者だってことはわかった
ナゾロジーの副編集長は過激な資本主義者なんだな、科学を産業としか思っていないのか