宇宙では腸の流れが遅くなっている?
特に増えていたのは、p-クレゾール硫酸、フェニルアセチルグルタミン、4-エチルフェノール硫酸などの代謝物です。
これらは、腸内細菌がタンパク質由来のアミノ酸を発酵し、その生成物が腸から吸収された後、肝臓などで処理されて血液中に現れる物質です。
タンパク質の発酵自体は異常な現象ではなく、地上に暮らす私たちの腸でも普通に起きています。
ただ、その量が増える背景には「腸の中身が進むはやさ」が関係している可能性があります。
腸内細菌は、食物繊維などの炭水化物を重要なエネルギー源として利用します。
ところが腸内容物が長時間とどまると、利用できる炭水化物が次第に減っていきます。
すると腸内細菌は、代わりにタンパク質由来のアミノ酸をより多く利用するようになり、タンパク質の発酵も増えていくのです。
実際、地上の研究でも、腸内容物の通過時間が長いほど、こうした代謝物が増えることが知られています。
研究チームは、宇宙の微小重力によって腸内容物の通過が遅くなっている可能性があり、その結果としてタンパク質の発酵が増えたのではないかと考えています。
これは、宇宙飛行士に便秘が起こりやすいという以前から知られていた問題ともよく一致します。
また、この代謝の変化は宇宙に長く滞在するほど増え続けたわけではありません。
打ち上げ後の比較的早い段階から変化が現れ、宇宙滞在中にはその状態が続き、地球へ帰還すると数日ほどでおおむね元の状態へ戻っていました。
こうしたタンパク質の発酵に伴って生じる物質の一部は、別の研究で細胞老化や脳活動との関係が報告されており、腎機能が低下した人では疾患リスクとの関連が知られているものもあります。
そのため、火星などへの長期宇宙飛行を考えるうえでは、便通だけでなく腸内環境そのものを健康に保つことも重要になるかもしれません。
ただし今回の研究では、宇宙飛行士の腸内容物が実際にどれほどゆっくり進んでいたのかを直接測定していません。
そのため、「微小重力によって腸の通過が遅くなり、タンパク質の発酵が増えた」という流れは、今回の血液解析と過去の研究から導かれた有力な仮説です。
今後は腸の通過時間を直接測定するとともに、食物繊維やプレバイオティクス、腸の動きを促す方法によって、この変化を抑えられるのかを確かめる必要があります。
宇宙飛行士の血液に残された小さな化学的な痕跡は、重力を失った環境で「腸」がどう変わるのかを理解する、新たな手掛かりになりそうです。
































