前例のない形態の物質

X(2370)の主成分がグルーボールならば、私たちは初めて「力そのものが塊になった物質」を手にしたことになります。
物を押す、引く、貼り付ける——「力」とは普通、物質と物質の間ではたらく作用であって、それ自体が”モノ”になるとは想像しがたいものです。
ところが自然界は、力を伝える粒子だけを集めて1個の粒子を組み上げるという、直感を裏切る芸当を許していました。
これまで積み上げられた証拠によれば、X(2370)の質量は陽子のおよそ2.5倍にあたります。
物質の材料をほとんど含まないのに、物質の代表である陽子の2.5倍もの重さがあるわけです。
研究チームのリーダーの一人で南京大学のジン・シャン氏が、これを「前例のない形態の物質」と呼ぶのはそのためです。
論文でも、グルーボールが主成分でなければX(2370)の性質すべてを自然に説明できず、他の解釈は現状いずれも不利であると記述されています。
もっとも、結論の言い方が「主成分」にとどまっているのには理由があります。
「クォークを1つも含まない」というのは、あくまで教科書に描かれる理想のグルーボールの姿です。
量子の世界には、性質のよく似た粒子同士は互いに混ざり合うことを避けられないという法則があります。
このためグルーボールも、現実の自然界では、ごくわずかにクォークの成分と混ざった姿でしか存在できないと考えられているのです。
自然の法則が最初から「純粋なまま」を許していない、ということです。
そして皮肉なことに、この混ざりもののおかげでグルーボールは生まれやすくなり、人類に見つけてもらえるチャンスが増えていたと考えられています。
それでも、純金と呼ばれる指輪に微量の別の金属が混ざっていても金の指輪であるように、本体がグルーボールであることは揺らぎません。
ただし、その混ざり具合まで正確に突き止めるには、追加の衝突実験が必要です。
こうして半世紀ごしの追跡劇は、いよいよ大詰めを迎えています。
グルーボールである証拠がここまで積み上がった候補は、X(2370)が初めてで、研究チームも「約50年にわたるグルーボール探索から得られた最も明確な実験結果であり、グルーオンが結合して新たな形態の物質を形成するという長年の理論的予測を裏付けるものだ」と述べています。
これまで物質の主役はいつもクォークであり、グルーオンはそれを繋げる力として裏でクォークを支える黒子の立場でした。
その黒子が「力が塊になった粒子」として、いままさに姿を現しつつあるのです。
私たちが「モノ」と呼んできたものの定義は、思っていたよりずっと広かったのかもしれません。

































