密書に書かれていた皇帝の言葉と、歴史家の見方

では、解読された手紙には何が書かれていたのでしょうか。
中身は主に、各地の部隊とその指揮官の位置でした。
それに加えて、マルモンに「ひるむな」と励ます一文も含まれていました。
「進軍の命令を受けたら、わずかな部隊や烏合の衆に怖気づいてはならない」というのです。
この翻訳について、キングス・カレッジ・ロンドンでヨーロッパ史を研究するマイケル・ロウ氏は「見事だ」と評価しています。
というのも、ナポレオンが継子に宛てて、暗号文に何を書くべきかを細かく指示した元の手紙が残っているからです。
その中身と照らし合わせられるため、ウジェーヌの手紙の翻訳はかなり信頼できるとロウ氏は言います。
ロウ氏はこれを「一種のロゼッタストーンのようなもの」と表現しました。
中身がほぼ分かっている手紙でAIを試して期待どおりの答えが出れば、中身の分からない文書に同じ方法を使った時にも結果を信用しやすくなる、という意味です。
裏を返せば、今回の密書は歴史家にとってそれほど意外なものではありませんでした。
ロウ氏によれば、暗号版は元の手紙の大部分を繰り返しているだけで、新しい大発見を明かすものではないといいます。
一方でホワイト氏は、この翻訳が1809年のオーストリア遠征を前にしたナポレオンの心理について「興味深い疑問」を投げかけると指摘します。
たとえば当時ナポレオンが実際に戦いに使えた兵力は、この手紙で主張されている数より6万人も少なかったといいます。
また、オーストリアがイタリア侵攻にどれだけの兵を送ってくるかに、ナポレオンがこだわっていたようにも見えるそうです。
ホワイト氏は、歴史家がAIの成果をこの時代の歴史全体の中に位置づけることが大切だと述べています。
そして、今回のAIの作業で得られた鍵が、ほかの書簡にも使えるかどうかにも注目しています。
ロウ氏によると、暗号は軍事だけでなく、私的なやりとりにもよく使われていました。
たとえば、不倫関係にあった上流階級の人々が交わした手紙です。
AIによる解読は、歴史上の人物の私生活をのぞく窓にもなりうるのです。
今回の解読では、AIの訳を元の手紙と照らし合わせられたことが、翻訳をかなり信頼できる理由になっていました。
子どもの頃に回した秘密のメモが、200年後のAIに読まれないことを祈るばかりです。






















