床下に置かれた幼い子の骨には何が刻まれていたのか
調べた結果、200人近くのうち12人の骨に、けがの跡が見つかりました。
12人の骨に残る傷は、合わせて19か所にのぼります。
生きているあいだに負ったけがもあれば、死の前後に負ったけがもありました。
そして少なくとも8人には、誰かが意図して加えた暴力の跡が残っていたのです。
一生のうちに何度もけがを負った人も、4人いました。
そのうちバイキング時代のある男性は、頭への3度の打撃と、前腕と鎖骨の骨折を生き延びていました。

中でも目を引くのが、デンマークのユトランド半島にあった鉄器時代の村で見つかった骨です。
その村(ポストゴーデンVI)は、細長い家が85棟も並ぶ大きな集落でした。
問題の骨は、おでこにあたる骨(前頭骨)のごく一部だけでした。
以前の調べでは、この骨は若い大人の女性のものだと考えられていました。
ところが今回、骨の形と遺伝子を調べ直すと、2〜4歳の男の子のものだと分かったのです。
左右の目のくぼみの天井には、小さな穴が集まった跡(クリブラ・オルビタリア)がありました。
これは、短い一生のあいだに体へ何らかの負担がかかっていたことを示すと考えられます。
そして、おでこの右側には、死の前後に刃物で切りつけられた傷がありました。

以前の研究では、剣のような重い刃物による傷かもしれないとされています。
今回の分析では、右目の上にも、この傷と関係しているかもしれない別のひびが見つかりました。
死後、村の人々はこの子の遺体を火葬しませんでした。
代わりに、おでこの骨は、ある家の古い床と新しい床のあいだに置かれていたのです。
つまり、その後にこの家で暮らした人々は、ふだんから子どもの頭の骨の上を歩いていたことになります。
体のほかの部分がどうなったのかは、分かっていません。
さらに、骨の年代を測ると、家が建った時期より200年ほど古いことが分かりました。
200年といえば、人の一生をはるかに超える長さです。
そのため、この骨は長いあいだどこかで保管され、のちに床下へ置かれた可能性があります。




