まっすぐな床は垂れて見えず、曲げた床はむしろ曲がって見える

記録や実験のなかに、垂れて見える錯覚の証拠はあるのか?
ゴリエリ氏によれば、錯視補正説を支える直接の証拠は、歴史の記録にも実験にも見当たりません。
論文は、この説を「まっすぐに作ると垂れて見える」「だから中央を持ち上げた」「おかげでまっすぐに見える」という3つの主張に分け、3つとも正しくないと指摘しています。
まず真ん中の「だから持ち上げた」は、建てた人の狙いについての主張です。
先にも述べたように、その狙いを伝える文章は神殿の完成から400年に書かれたウィトルウィウスの本だけです。
しかも、ギリシャの建築家が本当にそう考えたという根拠は示されていません。
プラトンやアリストテレスはいくつかの錯視を書き残していますが、そこにも神殿の説明に使われるような錯視は出てきません。
次に、入り口の「垂れて見える」という錯覚は、そもそも確認されていません。
視覚の研究では、斜めに横切る線などがなければ、人の目はまっすぐな水平線をまっすぐに、しかも非常に正確に見分けられることがわかっています。
実際、柱と梁が並ぶ西洋風の建物は世界中の街にありますが、まっすぐな梁の真ん中が垂れて見えたという報告はありません。

垂れて見える錯覚の候補として論文が検討するのは、1861年にドイツの生理学者エーヴァルト・ヘリングが報告した「ヘリング錯視」です。
紙に放射状に広がる線を描き、その上に2本の平行な直線を重ねると、直線が弓なりに曲がって見えるというものです。
神殿でいえば、床や梁を横切って並ぶ柱が、この放射状の線の役をして、床や梁を曲げて見せるのではないか、というわけです。
ただしこの錯視は、直線を斜めに横切る線があって初めて起こり、横切る線が直角に近づくと消えてしまいます。
そしてパルテノン神殿の柱は、床や梁とほぼ直角に交わっています。
柱はわずかに内側へ傾いていますが、その角度は約0.4度しかありません。
正面の柱の中心線を上へ延ばしても、交わるのは床から約2.2キロメートルも上空です。
これほど垂直に近い柱では、床や梁を曲げて見せる錯視は起こりません。
ゴリエリ氏は「ヘリング錯視のように、紙の上なら垂れて見えるのと同じ向きの効果を生みそうなものもありますが、実際に計算してみると、その効果は現れません」と述べています。

最後に、出口の「おかげでまっすぐに見える」という結論も成り立ちません。
幅約31メートルの正面の床で、反りの高さは約6センチです。
25メートル離れた場所からでも、人の目は控えめに見積もって1.5〜5センチほどの曲がりを見分けられるので、近くでじっくり見れば気づける大きさではあります。
けれども現実の景色の中では、脳が小さなでこぼこをならして直線として補ううえ、古典建築はまっすぐだと思って見ているため、正面からはほとんど気づかれません。
その一方で、神殿の隅に立って床の縁を見通すと、反りははっきりと曲がって見えます。
長い板の端に目を寄せて縁を見通すと、わずかな反りでもよくわかるのと同じです。
観光客はわざわざこの隅に連れて行かれ、「錯視補正」の説明を受けます。
けれども、曲がって見えていること自体が、まっすぐに見せるという説の目的と食い違っています。
しかも反りが目に入るとき、見えるのは上へ盛り上がった線です。
まっすぐな床はもともと垂れて見えないのですから、反りは、気づかない場所では見た目に何の働きもせず、気づく場所ではただ曲がって見えるだけなのです。
床の反りで見えた食い違いは、ほかの「錯視補正」でもくり返されます。

まっすぐな柱がくびれて見えるという錯覚は、神殿を立体で再現した実験でさえ確かめられていません。
しかもパルテノン神殿の柱は、高さ約10メートルで、上に行くほど細くなっています。
膨らみといっても、まっすぐ細くした場合より、輪郭がわずかに外へ張り出しているだけです。
張り出しは最大でも約1.8センチで、ほとんどの距離からは見分けられません。
何世紀も誰にも気づかれず、1814年に英国の建築家が測って再発見したほどでした。
そして見えたとしても、目に映るのはまっすぐな柱ではなく、膨らんだ柱です。
四隅の柱は、ほかの柱より直径が約4センチ(約2%)太く作られています。

明るいものは暗い背景の前に置くと、まわりへにじんで実際より大きく見えます。
これが神殿でも起きるなら、すべての柱を同じ太さに作ると、隅の柱だけが細く見えてしまいます。
ほかの柱は日を浴びて奥の暗い壁や影を背にするのでわずかに太く見えるのに、隅の柱は明るい空を背にしているからです。
隅の柱が細く見えるのを打ち消すために、あらかじめ太くした、というのが錯視補正説です。

ところが、両端の隅の柱が2本そろって空を背にして見える場所をゴリエリ氏が地図の上で探すと、わずか4つの狭い範囲しかありませんでした。
その4つも、アクロポリスの外か、ほかの建物の中か、斜面の上だったのです。
つまり、ほとんどの場所から見ると、隅の柱は「補正」のせいで、かえってほかの柱と太さがそろって見えないことになります。
すべての柱を同じ太さにしたほうが、よほど簡単にそろって見えたはずです。
では、床の反りは、重みでたわむのを見越して、あらかじめ持ち上げておいたものなのでしょうか。
長い橋なら、重みで垂れ下がる分を見越して、中央を持ち上げて造ります。
しかしパルテノン神殿の床は地面に据えた石の台で、橋のように重みで垂れることはありません。
現代の土木工学から見ても、こうした反りは建物の強さには必要ありません。
錯視のためでも重みのためでもないとしたら、神殿の床は、なぜわざわざ反らされたのでしょうか?




