■コウモリは、病原菌を体内に宿しながらも、病気に掛かることがない
■コウモリは、感染を撃退する身体反応を誘発するタンパク質NLRP3の値が極めて低いことが判明
■コウモリは、感染と戦う能力を高める代わりに、それに耐える能力を発達させることで生き残ってきた
コウモリは、小さい割に平均寿命が約5年とけっこう長生き。しかもその身体は、エボラウイルス、ニパウイルス、SARS、MERSコロナウイルスといった、ヒトや動物に感染すると重篤な症状を引き起こすさまざまな病原菌の宿主にもなります。
シンガポール・Duke-NUS Medical Schoolの研究チームが、コウモリが病気で苦しむことなく、こうした病原菌を体内に宿すことができる仕組みを調査し、その鍵がコウモリ特有の炎症を抑制する能力にあることを突き止めました。論文は、雑誌「Nature Microbiology」に掲載されています。
https://www.nature.com/articles/s41564-019-0371-3
通常、病原菌が動物の体内に侵入すると、炎症反応が生じます。ヒトの場合、この炎症反応は、適切に制御されているかぎりは、感染と戦う手助けになります。ところが炎症反応は、過度に働くと、感染によって生じたダメージに加担するばかりか、加齢や加齢にともなう病気を引き起こします。なんとも厄介です。
研究チームは、A型インフルエンザウイルス・MERSコロナウイルス・マラッカウイルスという3種類のRNAウイルスに対する、コウモリ・マウス・ヒトの免疫細胞の反応を調査。その結果、ヒトやマウスと比べて、コウモリは、ストレスや感染を撃退する身体反応を誘発する炎症感知装置として働くタンパク質NLRP3の値が、かなり大量のウイルスが侵入した時でさえ、極めて低いことが判明しました。
さらに、NLRP3の生産プロセスの中の重要なステップである「転写プライミング」が、マウスやヒトと比べてコウモリでは少ないことも判明。転写プライミングとは、遺伝子の発現を制御するタンパク質である転写因子同士の働きを指します。10種類のコウモリと、コウモリを除く17種類の哺乳動物を比較して分析したところ、NLRP3を不活発化するこの特殊な働きが、コウモリ特有のものであることが明らかになりました。
オーストラリアに生息する世界最大サイズのクロオオコウモリや、Myotis davidiiと呼ばれる中国固有の小型のコウモリという、まったく異なる種に共通して特性が観察されたことから、この特性が進化の過程で遺伝的に保存されてきたことが分かりました。
この結果が示唆するのは、コウモリが、感染と戦う能力を高める代わりに、それに耐える能力を発達させてきたということ。つまり、炎症反応をあえて抑えることによって、生き残ってきたということです。
この逆転の発想とも言うべきコウモリの知恵から、私たちは感染症への対処法について新たな学びを得ることができそうです。そこには、これまで伝統的に行われてきた「病原菌に対抗する」アプローチから、より広い意味で「症状に対抗する」アプローチにシフトするためのヒントが隠れています。
病原菌を真っ向からやっつけるのではなく、静かにそれに耐えることで生き延びる…。暗闇の中をひっそりと生きるコウモリの、なんとも静やかな生き様です。