- 温かさを感じる神経は存在しない
- 存在するのは、どれだけ冷たいかを感じる神経と、火傷レベルの熱を感知する神経だった
- 対になる感覚を片方の神経に任せることは理にかなっている
古くから、人間の手足が寒暖を感じるのは、温かさを感じる神経と冷たさを感じる神経の2つがあるからだと信じられてきました。
近年の研究でもこの説は支持されていましたが、一部の研究者はこの平穏な結果に不満でした。
というのも、手足における冷たさを感じる神経の感度があまりにも強すぎて、温かさを感じる神経をほぼ圧倒していたからです。
保守的な研究者はそれでも、氷河期を何度も経験した哺乳類にとって、冷たさを感じる神経が優勢なのは仕方がない、と考えていました。
しかし今回、前衛的なドイツの研究者たちによって「手足では、冷たさを感じる神経が優勢なのではなく、そもそも冷たさを感じる神経しか存在しない」とする研究結果が提示されました。
実験結果が本物なら、これまで私たちが感じてきた「暖かさ」や「温もり」とは何だったのでしょうか?
研究内容はマックスデルブリュック分子医学センターのリカルド・パリシオ・モンテシノス氏らによってまとめられ、3月23日に神経学分野において権威ある学術雑誌「Neuron」に掲載されました。
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(20)30186-0#
冷たさを感じる神経しか存在しなかった
モンテシノス氏らの研究チームは以前より、哺乳類における温感と冷感の違いについて研究してきました。
既存のマウスを用いた実験では、マウスには温かさを感じる神経(TRPM2またはTRPV1イオンチャネル)と冷たさを感じる神経(TRPM8イオンチャンネル)があることが、変異体を使った実験で一応の証明がなされていました。
しかし既知の温かさを感じる神経は非常に感度が低く、役割も分散され、暖かさを感じない変異マウスを作成するためには、複数の温感遺伝子を同時に破壊しなければなりませんでした。
一方、冷たさを感じる神経は、TRPM8イオンチャンネルという単一の遺伝子によって制御されており、冷たさを感じなくなる変異マウスを作るには、TRPM8イオンチャンネルの遺伝子を破壊するだけで十分でした。
保守的な研究者たちは、この敏感さの差は恒温動物が氷河期の寒さを回避するために進化した結果だと解釈しました。
しかし前衛的な研究者たちは、この奇妙なアンバランスさに納得できていませんでした。
というのも、お偉い先生方の進化うんぬんの話は置いておいて、現実世界において私たち人間やマウスは寒さだけでなく、温かさにも同じくらい敏感だからです。
実際、手を額にあてて体温を測るように、人間やマウスの手足は、平熱と微熱の僅かな温度差(1℃未満の変化)さえ感じ取ることができます。
そのため前衛的な研究者たちは、温かさに対する敏感さが、こんなにも鈍い神経によって制御されているはずがないと考えました。
そして考えを巡らせた結果、手足における温度の感知は、温かさと冷たさの2神経のせめぎ合いで決定されるのではなく「全てが、どれだけ冷たくないかによって決まるのだ」との考えに行き付きました。
仮説にはかなりの飛躍がありましたが、証明は意外に簡単でした。
もし仮説が正しければ、冷たさを感じる神経を壊されたマウスは、温かさも感じなくなるはずだからです。
実験を行った結果、仮説はあっさり証明されました。
冷たさを感じる神経を壊されたマウスは「温かさも冷たさも分からなくなっていた」のです。
つまり、これまで冷たさを感じる神経だと思われていたものは、温かさと冷たさの両方を感じ取る神経だったのです。
私たち人間が感覚的に「温かさ」や「温もり」を感じる時は、冷たさを感じる神経が「あまり刺激されていない」状態にあったからでした。
刺激されてない、つまりスイッチがオフの状態であることが、特定の感覚(暖かさ)を誘発するという仕組みは、生物学的には負の調節と呼ばれています(オンにすると抑制するから)。
また追加の実験によって、これまで暖かさを感じる神経と思われていたものは、もしかしたら「火傷レベルの熱を感知する」ことが元々の仕事だったのかもしれないことが示唆されました。
火傷レベルの熱を感知することだけが仕事であるなら、鈍くても問題ありません。